投稿日 : 2008/09/13 14:47 投稿者 : huku 今一人の年老いた魔術師が、天に召されようとしていた。 決して清潔とはいえない布を敷いて作った、粗末なベッドの上で最後の時を迎えようとしていた。 そしてそんな彼の様子を、村じゅうの女が周りをとり囲みながら見ていた。 「ああっ、じじ様!どうか私たちをおいてゆかないで!」 「あなたを失えば私達は……」 女達は口々に言った。 「…ああ…私は…結局お前たちに何もして…やれなかった…」 魔術師は息も絶え絶えこう呟いた。 「何を仰るのです!じじ様は呪われた私たちを救ってくださったではないですか!」 「そうです!じじ様は私達にとって神様……いえ、それ以上の存在ですよ」 「かみ…さま……私はそん…な…たいそうな人間では…ないよ…」 「私は…私は……」 その村は呪われていた。 いつからかのはわからないだがその呪いは確実に一族を蝕んでいった。 ある男と女の間に子供が生まれた。 周りを絶壁で囲まれたため、ほぼ他の村との交流が無い自足自給のこの村では、 子供は女の子より、将来狩りや畑仕事などで有利な男の子のほうが好まれる傾向にあった。 また来年がんばればいい。 そう言って彼らは次の年も、さらにその次の年も子供を作りつづけた。 が、毅然として生まれてくるのは女の子ばかりてあった。 彼らだけではない、村じゅうの夫婦にできる子供はみな、ある時を境にどういうわけか女の子だけになってしまったのだ。 当然男がいなければ村の仕事の効率は落ちるし、もっと深刻な問題として、もしこのまま男がいなくなれば一族は滅びてしまう。 村人は考えた。 これは神による天罰なのではないか、と。 そして当然ながら神が要求するもの…すなわち生贄を用意するに至った。 が、呪いは解けるどころか、たくさんの女達を生贄として殺してしまったため人口はさらに減り、いよいよ一族は滅亡を待つばかりとなった。 そんな時だ、ふいに一人の青年が村へと迷い込んだ。 周りを絶壁で囲まれ、周囲から完全に孤立した村に青年がどう入りこんだかはわからない。 しかも若い男というだけでなく、青年は強力な魔術を使える魔術師だったのだ。 青年はその村であらん限りの歓迎を受けた。 青年はたくさんの女と交わり、そしてたくさんの子共が生まれた。だが生まれてくるのはやはり女の子。 彼は多くの子孫を残したが、 そこに男の子ができることはついになかった。 やがて青年は年老いた。 魔術師といえど老いと病には勝てない。 天へ帰るときが彼にもやってきた。 「……シルル…」 「っはい!じじ様!」 シルルと呼ばれた少女が答える。年は十代半ばといったところだ。 「セラスや…他の子らにも伝えておいてくれ……すまなかった…と」 「そんな、じじ様今さら何を…」 「あの禁断の書は……スケジュール帳は…作るべきではなかった…」 「しっ、しかしあの書が完成すれば私たちは救われます」 「…じゃがその代償は大きい……いや大きすぎる…たくさんの若い子らに…負担がかかる………もちろんお前も…」 女たちの視線がシルルへ集中する。見ると、シルルのお腹はおよそ少女とは思えないほど大きく膨らんでいた。 「じじ様、大丈夫です。私達は必ず、スケジュール帳の代償……100人の子供を産んでみせます」 「そう……か」 もはや彼の声は掠れすぎてほとんど聞こえない。 「私は…先にいく………どうかこの村を…私の一族を…すくっ…て…く………れ……」 こうして彼は息絶えた。 村唯一の男は死んだ。 投稿日 : 2008/12/10 09:28 投稿者 : 熊猫 魔術師は、村の状況をなんとかしようと、持てる限りの魔術を使ってみたが、どれも効果はなかった。 ついに魔術師は、禁断の魔術を使う事にした。この禁断の魔術こそ、後にスケジュール帳と呼ばれ、何人もの運命を翻弄するものだった。 スケジュール帳が完成した時、魔術師はすでに白髪になっていた。 魔術師はさっそく村に男の子が生まれると書いた。これで村は救われるはずだった。 翌日、字を習ったばかりのシルルがやってきて、その下に100人生まれると書いてしまった。 シルルは、男の子が生まれるのは、多いほどいいだろうと思ってのことだったが、 当時、次の行にその副作用を書くというルールが決められていた。 魔術師は、その副作用をどれにするか悩んでいた。自分の死を持って村を救うのは簡単だった。 しかし、自分が死ねば村に男は一人もいなくなるのだ。だからといって、他のものを傷つけるのは男の道理に反する。 一晩悩んだ挙句、未だに副作用を書いていなかったのだ。 さらに不運な事に、名前を書かなければ、スケジュール帳に書いた本人に副作用が起こるというルールもあった。 なので、年端もいかないシルルが100人もの子供を産まなければいけないこととなってしまった。 投稿日 : 2008/12/12 20:20 投稿者 : はるさめ このことは村の存続において最悪な結果をもたらすこととなった。 たとえシルル一人が100人の子を孕もうと、スケジュール帳で他の女を妊娠させればシルルの生死にかかわらず村は救われる。 当初はそう思われた。 だから100人の命を宿すことになったシルルを咎める者はおらず、どころか多くの女たち彼女に同情さえされた。 が、スケジュール帳のルールが明らかになるにつれそうはいかなくなる。 当時の、まだ作られたばかりのスケジュール帳の効果は次のようなもの ①一度スケジュール帳を使えば、それを取り消すことはできない ②スケジュール帳を使用すると、使用者、又は名前を書いた人間に副作用としてそれ相応の「代償」が課せられる。 ③この「代償」もまた取り消すことができない ④効果が適応されている間、違う人物の名前を書いてもその人物は妊娠しない ⑤最初に妊娠した人物が、そこに記した人数の子を全て産まなければスケジュール帳の魔力は失われ、破壊される スケジュール帳のルールが明るみになるにつれ、シルルは周りからひどく責められた。 100人もの子を、シルルのような少女……14歳の少女がすべて産むなど到底不可能だ、 だが彼女がすべての子を産まなければスケジュール帳は破壊される。 村は再び絶望に苛まれた。 しかし魔術師は決して諦めなかった。 もとはと言えば、自らの死を恐れるあまりスケジュール帳を使わなかった自分が悪い。 そうシルルに告げた魔術師は、村から少女達を集めた。 シルルと同じ……14年前、自分の生殖能力が失われる直前、つまり男にとっての最後の子供達。 スケジュール帳はその特性ゆえ、シルルに宿った命をキャンセルすることはできないが、それを分配することはできる。 集められた少女達は一応同じ父をもつ、つまり血がつながっておりなおかつ同じ年齢だ。 全盛期の男ならどんな女に子を分配させることもできただろうが、老いた魔術師にはこれが限界だった。 村で14歳の少女はちょうど20人。 一人あたり5人を産む計算となる。 ちなみに途中で少女が死んだ場合、その腹に宿った子供はランダム他の少女へと分配されるため、実質的には一人にそれ以上の負担がかかる。 最後に……男は息を引き取る直前こう言った。 100人の子というのは自分が書いた。 だからどうかここにいるシルルを責めないでやってほしいと…… 男は最期まで少女を庇った。 分配魔法の代償によって文字どおり虫の息となった体で… そしてその男は天へと昇る。 しかし屍となった男の顔は とても安らかであったという…… |