人魚姫

投稿日 : 2009/03/13 19:25 投稿者 : テトラフィン

ある所に、それはそれは美しい容姿に、美しい声を持ったアレナという人魚の姫がいました。
姫の年や姿は20歳ほどですが、人魚の平均寿命は200年なので、人間でいうとまだほんの10歳です。
姫は町中の人々や魚達から慕われており、とても人気者でした。
そして姫は、冒険が大好きでした。
暇さえあれば海面へ顔を出し、仲の良いのイルカと共に、人間の作った船や港町を眺めていました。
人魚は人間に姿を見られてはいけないのですが、姫はそのスリルがやめられませんでした。
そしてまたある日。その日も、姫は海面に顔を出していました。
「ねぇねぇ、やっぱり人間に見られちゃマズいよ!」
いつもイルカのネルは姫に言います。
王様に少しは控えるように。と、言われているのです。
しかし、
「ちょっとだけだから…お願い!」
と、姫の甘く美しい声でお願いされると、断りきれないのでした。
「まぁ、大変!」
今日は大嵐。
しかし人魚にとって、嵐の中を泳ぐのはなんてことはないのです。
姫の数十メートル先には、大きな船が風と雨で沈没しそうになっていました。
船員は溺れないように、と、小型ボートに飛び降りて脱出しています。
姫は見られては大変。と、近くの岩影に隠れて様子をうかがいました。
「ねぇ、やっぱり…」
「シーッ! ちょっと待って!」
姫は1人の人に釘付けになっていました。
小型ボートの後ろに立ち、沈没しかけている船をじっと見つめています。
それは、港町のある国の王子でした。
そのとき、船から幼い子の叫び声がしました。
その瞬間、王子は大荒れの海に飛び込みました。



投稿日 : 2009/03/13 20:32 投稿者 : テトラフィン

「王子様、大丈夫かしら…」
そんな姫の呟きが漏れた時、王子はすでに船にいました。
泣いていた男の子を抱き上げ、そしてもう一度海へ飛び込みました。
「やったわ、王子様! 素敵…」
この時、人魚である姫は、人間である王子に恋をしてしまったのです。
「えぇ、姫、ボクならあんなのちょちょいのちょいだよ!」
「だってあなたはイルカでしょ? 王子様は王子様なの!」
「ちぇー…」
「あッッ!!」
その時でした。
ちょうど王子が男の子を小型ボートに乗せた瞬間でした。
とてつもなく大きな波がきて、王子を飲み込んでしまいました。
「王子様ッ!!」
反射的に姫は海の中に潜っていきました。
「ダメだよ、姫!
人間に姿を見られたら…」
ネルは叫びました。
しかし、その声は姫には届きませんでした。
姫は尾ひれを出来る限り速く動かして、王子の元へ辿りつきました。
王子はゆっくりと海の中を漂っていました。
姫は王子をそっと抱きかかえ、浜へと泳ぎました。
姫はずっと王子のその整った顔を眺めていました。
王子が助かってほしい。と思いつつ、このまま時が止まればいいとも思いました。
そして姫は王子を浜にそっと寝かせました。
そして姫は王子の頬に手を触れ、美しい旋律の子守唄を歌い始めました。
王子はまどろむ意識の中、酷く美しい歌声を聞いた気がしました。
そして姫ははっとしました。
誰かの足音がするのです。
コツ、コツ、コツ…
どんどん近づいてきます。
姫はとっさに海に飛び込みました。
「…ほら、危なかったろ?
だからボク言ったのに」
「………」
姫は無言のまま、家へと帰りました。


それからというもの、姫は毎日、1日中海面に顔を出して王子を待ちこがれました。
せめて名前でも聞けたなら…とも思いました。
「そんなに待ってても、王子はこないよ。
王子は人間なんだから」
ネルはなんとか姫を元気づけようと、たくさん楽しい話をしました。
しかしそんな話は姫の耳には全く通りません。
「王子は人間なんだからーー」
その言葉がずっと姫の耳にこびりついていました。
ー王子は人間で、私は人魚。
せめて、私に足がはえたらーー
そんなことを考えていました。

この日、王様には大事なパーティーがありました。
姫も、絶対に出席するように。と言われていたのですが、2時間も遅刻してしまいました。
そして、大喧嘩になりました。
「何故あれほど言っておいたのに、遅刻なんかしたんだ!!」
「仕方ないでしょ!お父様には関係ないじゃない!
お父様の分からずや!!」
姫は家を飛び出しました。
王様は止めませんでした。
どうせまたすぐ帰ってくるだろう…と、思っていました。
姫のこれからの運命も知らず…



投稿日 : 2009/03/16 21:33 投稿者 : テトラフィン

姫はもう、お城からだいぶ離れた所にいました。
そこは枯れかけた海藻が生い茂る、薄暗い所でした。
姫は気味が悪くなり、帰ろうとした瞬間、自分を呼ぶ声が聞こえました。
「ちょっと、そこの嬢ちゃん」
「誰ッ?」
ダミ声の女性でした。
「いや、なに、ただの魔女だよ
悪い事はしねぇさ
おいで」
姫は帰りたいとは思いましたが、その声に惹きつけられてしまいました。
操られるように、海藻を掻き分け、掻き分け、奥へと進みました。
そして姫は気がつくと、暗い洞窟の前に立っていました。
その奥からもう一度、「おいで」と声がして、姫は中へと吸い込まれるように入っていってしまいました。

洞窟の中は広々としていて、壁一面に怪しげな物が埋め込まれていました。
「あ、あの、あたし…」
姫は早く帰ろうと立ち上がろうとしました。
しかしそのたこの足を持つ人魚が、おもむろに口を開きました。
「アタシはバーバラだよ、人間に憧れるお姫様」
「え、なんで…」
「まぁ、アタシも魔女だからね
で、どうだい?人間の足はほしいのかい?」
「え……
…できるんですか…?」
「あぁ、できるとも。」
「…本当に?!」
姫は今まで気味悪く見えていたバーバラが、急に優しい人に思えました。
「あぁ
ただし、条件があるね」
「…なんでしょう」
「お前の声さ」
「……?」
「お前の声をお前から剥ぎ取って、お前の腹に閉じ込める。
声はアンタの腹の中でアタシの魔力によって、人間の子供になる。
そして、10日だ。
10日したら、「陣痛」が起こる。
それまでに王子とキスをすれば、その子供に王子の遺伝子が注がれ、アンタの声は戻る。
でもそのキスには、愛がこもっていなければ効果がないのさ。
なにもヤれとは言わないよ。
それはアンタがたの自由さ。
これでどうだい?」
姫は黙ってしまいました。
「誰の子か分からない子を「妊娠」しているお前を王子は愛してくれるかな?
唯一の記憶がなくても…」
唯一の記憶とは、姫の美しい「声」です。
しかも、姫は「妊婦」として王子に近づきます。
そんな姫は、10日以内に王子に愛されなければ…
「10日以内に愛されなかったら…
…どうなるんですか?」
「泡になるんだよ」
「泡…ですか?」

それは、人魚の世界にとっての終身刑にあたることでした。
姫はとても迷いました。
泡になるのは嫌だけれど、王子に会えれば、それでいいと思いました。
そしてその時、姫のもとに契約書とぺンが飛んできました。
「…覚悟はできたかい?」
そこには、バーバラが言った事に従いますか?という問いかけと、自分の名前を書く欄がありました。
姫は数分間その契約書を見つめ、ペンを握りました。



投稿日 : 2009/03/16 21:45 投稿者 : テトラフィン

「アレナ…
…良い名だねぇ…よしよし…
…それじゃあ、準備はいいかね?」
姫は一瞬、後ろを振り返りました。
そしてさっきの喧嘩を思いだし、力強く頷きました。
「…いくよ!」
そしてバーバラは、よく聞きとれない声で不思議な呪文を唱えました。
「ぅ″……ッ……」
姫の喉が焼けるように熱くなり、喉から何かが下の方に流れていくような感じがしました。
そして、だんだんと意識が遠のいていきました。
「楽しみな…」
そんな声が遠くの方で姫の耳に届きました。


「…み、き…君!」
姫は突然目が覚めました。
自分は砂浜に寝ていて
そして、麻の服を着ていました。
…足が生えていて…
……酷く、お腹が膨れていました。
「大丈夫ですか?
ここに倒れていましたよ。
あの、僕、アレンです。
家が近いですし、とにかく、運びますね」
それは、夢にまでもみた…
王子でした。
「……ッッ!!」
なんとかお礼を言おうとしたのですが、どれだけ喉に力を入れても声は出ませんでした。
王子は優しい人で、姫が喋れない事を察して、すぐに手をさしのべてくれました。
「行きましょう、こちらですよ
今は、そうですね…姫とお呼びしますね」
姫はその手をギュっと握りました。
自分は喋れない。自慢の声が出せない。
けれど、今自分には足がはえている。
自分は王子と歩いている。
それだけで十分でした。

そして少し歩いてついた所は、本当に立派なお城でした。
「こんな所でいいかな…?」
そう言って案内された部屋も、とても綺麗な部屋でした。
姫はお礼を言うかわりに、深く頭を下げました。
王子はニコッと笑い、「その箱、開けてね。あと、食事は運ばせますね」とだけ言って部屋をあとにしました。
一人になった姫は、部屋の真ん中にあった大きなベッドに腰かけました。
そのなんと柔らかいことでしょう。
重いお腹を抱えて歩いた姫を癒すのには十分でした。
そしてベッドの上においてあった大きな箱を空けました。
「!!!」
それは、見たこともないほど綺麗で可愛らしいドレスでした。
ちゃんと姫のことを配慮され、お腹の所が大きめに作られていました。
姫は20歳の容姿でも、中身はまだ10歳。
喜んで、そのドレスに着替えました。
部屋の奥で自分のドレス姿を鏡に映して微笑んでいると、ドアをノックする音が聞こえました。
姫は急いで扉を開けると、メイドが立っていました。
「お食事でございます」
お盆の上には、肉や魚がもってありました
人魚はこんなものは食べません。
魚がのっていたのは、ショックでした。
しかし、これが人間の食文化。
人間は悪くないのです。
姫はそのお盆を受け取りました。
しかし、姫が食べたのは野菜とスープだけでした。

そして食べてすぐ、姫はベッドで眠ってしまいました。



投稿日 : 2009/03/20 16:48 投稿者 : テトラフィン

コンコン…
ノックの音で姫は目をさましました。
一瞬、周りを見回して驚きましたが、すぐに落ち着きました。
自分は今は人魚じゃない、人間なんだ。
自分にそう言い聞かせ、大きなお腹を撫で、扉を開けました。
そこに立っていたのは、王子でした。
「やぁ、ドレス、似合うね。
今日は天気もいいし、町を案内するよ、行こう」
姫は満面の笑みで頷きました。


次の日も、次の日も、その次の日も。
姫は毎日王子と出かけました。
毎日楽しくて、バーバラとの約束を忘れかけていました。
もう5日も経ってしまった。
あと5日しかない。
姫は急に焦りはじめました。
確かに自分は王子と打ち解けてきた。
でも、恋人になれるような雰囲気でもない。
姫はそんなことを考えながら、その日は眠りました。
そして6日目の朝、いつものようにノックの音が聞こえました。
姫が扉を開けると、やはり王子が立っていました。
しかしいつもの笑顔ではなく、少し深刻な顔でした。
「…ちょっといいかな…」
姫は横によけて、王子を中に通しました。
「…今までは聞かなかったんだけど…僕は今22歳なんだ。
君はそれよりも…若いよね」
姫は頷きました。
王子は困ったような悲しいような顔をしました。
自分のお腹の事を聞きたいにきまっているのだと、姫は思いました。
誰だって、姫を見れば気になるはずです。
細くて美しい容姿に、大きなお腹。
それは違和感以外の何者でもありませんでした。
そして王子が口を開きました。
「それからね、僕これからと明日、実は…お見合いがあるんだ。
だから出かけられなくて…ゴメンね。
それだけ…また明後日来るよ」
そう言い、王子は部屋を後にしました。
姫は急にめまいがして、その場に座り込んでしまいました。
お見合いをする……それがショックでショックで仕方ありませんでした。
王子がお見合いをするんだから、きっと相手だって他の国の姫でしょう。
ちゃんと話ができて、お腹も大きくなくて。
そんな女性と自分を比べたら、自分なんて選ばれるわけがないと思いました。
姫はその日、一日中泣きました。
静かに、涙を流し続けました。
そして泣いている間に、いつのまにか次の日になっていました。
そして今日も王子はお見合いなんだと思うと、涙はまた溢れました。
そのとこでした。
「ーーーッ!!」
突然、姫のお腹に鋭い痛みが走りました。




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