ミス☆妊婦コンテスト

一部、読みやすさを考慮し、改行を入れさせて頂いた部分がございます。(熊猫)
一部、明らかなミスタイプがございますが、そのままにしてあります。(熊猫)

投稿日 : 2008/07/11 22:34 投稿者 : 将

「あ~あ・・・なんで私、こんなところにいるんだろ・・・」

鈴木由紀子は小さくそう呟いた。

ここは都内の某ビルの一室。
とある雑誌が開催したミスコンの最終選考まで残った4人が佇む控え室である。
レオタードにその身を包んで、最終選考の始まりを待つ4人の女性。
ただ一つ、普通のミスコンと違うところ・・・それは、4人が4人ともはちきれんばかりの大きなおなかを抱えた妊婦さんであるということ。

数々の選考を潜り抜けてここまで残ってきた4人は、もう知らない仲ではない。
出番を待つまでの間、お菓子をつまみながらお茶を飲んで、色々と妊婦談義に花を咲かせていた。
産まれてくる子の名前をどうするか、妊娠線対策はどうしてるか、つわりが酷かった頃の話・・・
同じ妊婦だからこそ共感できるおしゃべりではあったが、由紀子の心は少し沈んでいた。

「私は絶対に無痛分娩で産むわ。もう一流の病院の予約だって済ませてあるのよ。」

例えば、こう自慢げに話す、青山有華。
彼女は昔ファッション雑誌のモデルをしていた経験を持っているそうだ。
パーティーで知り合ったITベンチャー企業の若社長と結婚して、セレブな生活を満喫しているらしい。
元・モデルさんだけあって、由紀子と同じ臨月のはずなのに、ずいぶんスラッとした感じである。
手や足も細いままで、まだ7、8ヶ月だと言っても信じるかもしれない。

「毎日エアロビを1時間、ウォーキングを1時間・・・体を動かさないと、なんだかウズウズしちゃってね・・・」

こう話すのは速水潤。
ちょっと前までは実業団のバレーボール選手として活躍していた選手だ。
膝の大けがのために引退をした後、学生時代から自分を支えてくれていた同級生のトレーナーと結婚したそうだ。
エアロビやウォーキング、水泳にヨガ・・・とにかく体を動かさずにはいられないそうだ。
申し訳ばかりの散歩しかしていなかった由紀子には耳の痛い話である。
きっと産まれてくる子も、両親のDNAを引き継いでスポーツ万能な子になるんだろうなぁ、と由紀子はふと思った。

「主人と話し合って、子供の名前も決めてあるの!男の子でも女の子でも『るい』っていう読みにするのよ。」

興奮気味に話しているのは、重光さくら。
彼女はいわゆる帰国子女で、英語にフランス語も操るトリリンガルである。
かなりいい大学を出た後、外交官として世界を周り、日本びいきのフランス人の旦那さんと結ばれたそうだ。
なんでも名前はフランスのかつての王、ルイ14世だか16世だかにあやかってつけるつもりらしい。
海外旅行もろくにしたことのない由紀子にとってはうらやましすぎる存在である。

元モデルの美女、スポーツ万能、才女、その3人に囲まれた中で、由紀子は自分を省みてみる。
ごくごく平凡な大学生活を送り、ごくごく平凡な社会人になって、ごくごく平凡な社内恋愛をして、ごくごく平凡な主婦業を営んでいる。
どう考えても有華や潤、さくらに比べて見劣りする経歴である。
そもそも、このコンテスト自体、近所の妊婦友達から一緒に出ようと誘われて、冗談のつもりで出願したものだ。
それが、その友達はあっさりと落選し、自分があれよあれよという間に最後の4人まで残ってしまった。
ここまで残ることが出来たことを嬉しく思う反面、これだけの面々の中に残され、逃げ出してしまいたい気持ちもいっぱいだった。

小さくため息をつきながら、大きくなったおなかを軽く撫でる。
母親の不安を感じ取ったのか、胎内の赤ん坊がトン、と軽くおなかを蹴った。

「・・・そうだよね、こんな経験なかなか出来ないんだし、もっと楽しまないとね。」

最初は着るのが恥ずかしかったこのレオタードだって、今では少し恥ずかしいけど、堂々と出来るようになったのを思い出した。
おなかの子に勇気づけられ、少し元気を取り戻した由紀子であった。

「―それにしても・・・」
有華が切り出した。

有「ずいぶん待たされるわね・・・もう小一時間は過ぎたじゃない。」
さ「確かに・・・準備が長引いているのかしら?まぁ、外国じゃ待たされることには慣れているけどね。」
潤「そうそう!昔試合で飛行機に乗ったときは、トランジットで何時間も待たされたよ。向こうの人って時間に甘いのかな?」
由「というよりも・・・日本人がうるさすぎるのかもね。」

由紀子も再び会話の中に加わっていった。
こうして喋っていると、もう他人とはとても思えない。

さ「それにしても、このミスコンもずいぶん長丁場だったわよね・・・」
由「書類送った時なんかまだ6ヶ月だったのに、今じゃみんな臨月だもんね。」
潤「その間に産まれちゃったらどうするつもりだったんだっつーの(笑)」
有「そういえば、前の選考まで残っていた人が1人、もう産まれちゃったんだって。」
潤「本当に?」
有「スタッフの人から聞いたんだ。本当はこの最終選考、5人でやるはずだったらしいよ。」
さ「へぇ~、さすが元モデルさん、業界の話題には詳しいわね。」
由「でも、無事に産まれたんならよかったじゃない。」
有「そうね。・・・それに、ライバルも1人減ったしね。」

有華の言葉に、その場の雰囲気が少し凍りつく。
さ「・・・ちょっと有華ちゃん、それはあんまりな言い方じゃ・・・」
潤「そうだよ、不謹慎じゃない。」

最年長のさくらと、体育会系の潤がたしなめるが、有華はなおも続ける。
有「言っておくけど、あなた達はとてもいい人たちよ。でも、負けるわけにはいかないから。それだけは覚えていてちょうだい。」

元モデルのプライドの高さだろうか、一方的な宣戦布告を突きつけられ、戸惑うばかりの由紀子。
勝負の世界に身をおいてきた潤はその負けず嫌いの心に火がついたか、外国の経験が豊富で度胸は十分のさくらも同じようなのか。
途端に全員の会話が途切れて、気まずい空気が流れる。

耐え切れなくなった由紀子がコップのお茶に手を伸ばそうとしたが、すでに空っぽ。
ペットボトルの中もおしゃべりの間に全部無くなっている。
さっきまでの緊張のせいか、お茶も一杯しか飲めずにいただけに、急にのどの渇きに襲われたような、そんな気がした。

「すみません、皆さんお待たせしました~」
間の抜けた声でノックをしながら入ってきたスタッフが来なければ、いつまでも沈黙は続いていたかもしれない。

「・・・よしっ!行くわよ!」
目の前のコップのお茶を一気に飲み干した有華が立ち上がった。
厳しい表情のまま、潤とさくらが続き、最後に所在なさげに由紀子が後を追って行った。



投稿日 : 2010 11/06 23:10 投稿者 : 致良

コツ、コツ、コツ・・・

廊下に足音が響き渡る。
さっきの気まずい空気を引きずっているのか、4人の誰も言葉を発しようとはしない。
せっかく緊張もほぐれかけてきたのに・・・由紀子はそんなことを考えながら、一番後ろを歩いていた。
無言のまま、4人はスタッフに連れられて廊下を奥へ奥へと進んでいく。
流れる沈黙が、取り去ったはずの緊張をよみがえらせたのだろうか、一瞬「キュゥッ」とおなかが軽く張ったのを由紀子は感じていた。

時間にして1、2分しか歩いていなかったが、それが1時間にも2時間にも感じられた。
廊下を曲がったところで、先導していたスタッフが立ち止まってこちらを向いた。

「この先にある部屋で、最終選考が行われます。」

視線の先に、大きなドアがあった。
ドアの大きさからして、かなり広そうな部屋のようだ。
4人は未だ押し黙ったままだ。
いよいよ最終選考、という緊張感が波のように押し寄せて来る。

「・・・が、頑張ってくださいね・・・」

沈黙を破ったのは、またしても例のスタッフだった。
まるで今にも泣き出してしまいそうな顔でこちらを見ていた。
その顔がどことなく滑稽で、4人は思わず顔を見合わせてふきだしてしまった。

潤「ちょ、ちょっと、なんて顔してるのよ(笑)」
さ「まるで、これから激戦の戦場に送られる兵士を見るような目じゃない(笑)」

大きなおなかを抱えながら、クスクス笑う2人。

有「そうよ、別にこれから命を取られる、ってわけじゃないんだし。」

厳しい表情だった有華にも笑顔が戻っていた。
なんだか、これまでの緊張が一気にほぐれたような、そんな感覚。

「スタッフさん、どうもありがとう。それじゃ、私たち4人頑張ってきますね。」

由紀子も目一杯の笑顔をスタッフに向けた。
スタッフはなおも不安げな表情を浮かべてはいたが、ペコリと一礼をするとそのまま来た道を走って戻っていった。

潤「『命を取られるわけじゃない』、か。確かにそうよね~。」
さ「そうよ、ここまで来たら、あとは自分自身との戦いだもんね。」
由「別に、足を引っ張り合うような、そんな選考でもないでしょうし。」

走り去っていくスタッフを見ながら、口々に呟いた。

「でも・・・」
有華がそれを遮る。
「最終選考、って何するんだろうね?」
言われてみれば、と由紀子は思った。
さ「書類選考に、集団面接があったでしょ・・・」
潤「水着審査・・・というか、レオタード審査もあったし・・・」
由「これ以上、何かすることあるかな・・・?」
さ「どうなの?その辺は業界通の有華ちゃんでも分からない?」

首を横に振って、分からない、というリアクションを返す有華。

潤「まぁ、あれだけ広そうな部屋なら中に人がいっぱいいたりして。」
さ「あ、もしかして読者の方々の前で何かして、投票して決めるとか。」
由「え~、大勢の人の前でこの姿で出て行くの~?恥ずかしい・・・」
有「あら、意外と似合っているわよ、由紀子さんのレオタード姿。」
由「ちょっとぉ、『意外と』ってどういうことよ~。」
さ「だいたい、今までの選考の経過は順次雑誌の中で紹介されていたじゃない。」
潤「そういえばそうだったねぇ。じゃあ、もう何が起こっても平気かな。もう全国にこの姿晒したんだし。」

もう一度顔を見合わせて笑いあう4人。
ひとしきり笑った後、意を決したかのようにドアの方へ歩いていった。

「さぁて、何が待っていますことやら・・・」
そう言いながら、潤がゆっくりと取っ手を引いてドアを開けた。



4人の目の前に広がっていた光景。
それは観衆の姿でもなければ、審査員の姿でもない。
だだっ広い部屋に散りばめられた、数々の「器具」であった。



投稿日 : 2008/07/21 19:39 投稿者 : 将

4人は呆気にとられてその場に立ち尽くしていた。
広い部屋の中には分娩台、水を豊かに湛えたプール、バランスボールのようなものから、天井から垂れ下がったロープ・・・
出産をするのに使いそうなものがあちらこちらに用意されていた。

「ちょっと・・・なによ・・・これ・・・」

有華が不信感を露にした顔を見せる。
由紀子や潤、さくらも一様に不安げな表情を見せる。
最終選考の会場にこんなものがあるとは誰も予想をしていなかった。

しばらく立ち尽くしていた4人だったが、部屋の中を調べ始めた。

さ「やっぱり・・・どう見たって分娩台ですよね・・・」
潤「こんな感じの綱も写真で見たことあるなぁ・・・」
有「それにしても窓一つないってどういうことよ? 空気がこもって仕方ないじゃない。」

空調こそ働いてはいるが、四方を壁に囲まれた空間は心理的に4人を圧迫していった。
4人の間にさっきとは違う沈黙が流れる。
部屋についていた大きなアナログ式の時計の秒針がチク、タクと時を刻む音が部屋に響き渡っていた。

『あー、あー、うん。皆さん、最終選考にお集まりいただき、どうもありがとうございます。』
天井についていたスピーカーから、声が聞こえてきたのはそんな時だった。
4人の視線が一斉にスピーカーへと向けられた。

「最終選考って、どういうことよ! この部屋はいったい何のつもり? 説明しなさいよ!」
苛立ちから、有華の語気が強まっていった。
『皆さんもすでに感づいているかとは思いますが・・・』
こちらの声は届いていないのだろうか、スピーカーの声が有華を無視して話を続ける。
『最終選考は、皆さんに「美しいお産」をしていただきます。』
薄々そうではないかという懸念こそあったが、実際に通告されるとやはり動揺を隠せない。
気味の悪い寒気を感じ、由紀子は軽く身震いをした。

『小学校の時校長先生が言っていたでしょう? 「家に帰るまでが遠足ですよ」・・・って。
 妊婦さんも同じです。「元気な赤ちゃんを産むまでが妊婦さん」の仕事です。』
「そんなこと言われたって、私はもう病院だって予約してるのよ!?」
スピーカーの声に有華が食って掛かる。
「私だって、主人が立ち会ってくれる予定なんです!」
「私もよ!」
潤とさくらもスピーカーの声に反論する。が・・・

『ご心配はいりません。既に、皆さんの旦那さん、そして主治医の先生からは承諾書をいただいております。』

4人の顔が凍りついた。
いくら大手の出版社だからといって、そこまでするとは考えもしなかった。

「で、でも、ここで産むと言われても、まだ陣痛が・・・」
由紀子がそう言いかけた時、また彼女のおなかがキュゥッと張ったような気がした。
まさか・・・これは・・・
その次の瞬間、「ウッ」と小さく呻き声をあげて有華がおなかを抱えてうずくまった。

「大丈夫!?」
「しっかりして!」
潤とさくらが有華の元に駆け寄る。由紀子も遅れて有華の元に駆け寄った。
しばらくの間、有華は荒い呼吸をしていたが、徐々に息を落ち着けながら、
「だ、大丈夫よ・・・もう・・・収まったから・・・」
自分のおなかの張り、そして目の前で有華に起こった異変。
自分ひとりならともかく、いくら臨月とはいえ2人の妊婦にお産の兆候が見られることなどあるのか・・・?
由紀子が感じた疑念は、すぐにスピーカーの声が晴らしてくれた。

『先ほど、控え室でみなさんが飲んだお茶に陣痛誘発剤を混ぜておきました。
 まぁ、効き目には個人差がありますが、じきに皆さんの陣痛が始まるでしょう。
 今回お集まりいただいた皆さんは、出産予定日がほぼ同じですから、問題もないでしょう。』

うずくまったままの有華も、駆け寄った潤もさくらも、しきりにおなかを気にし始めた。
『怖がることはありません。もともと女性には子供を産み落とす本能が備わっているのですから。
 自然の摂理に身を委ねるだけ、ただそれだけのことです。
 それに、万一のために別室には腕のいいお医者様を待機させてあります。
 あとは、皆さん次第です。・・・もっとも、考えている間に陣痛が強くなっていくと思いますけれども・・・』

スピーカーの声がそう言い終わらないうちに、また有華が小さく呻いた。
そういえば、控え室を出る時にお茶を一気に飲んでいたことを由紀子は思い出した。
もしかして、一番お茶を飲んでいた有華が、一番効き目が強く出ているんじゃ・・・

『それでは、皆さんが「美しいお産」が出来るよう、見守らせていただきます。』
その声を最後に、スピーカーの音が途絶えた。
4人にとって、長い長い最終選考の始まりとなった。



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