学者の妻

読みやすさを考慮し、改行を入れさせて頂きました。(熊猫)

投稿日 : 2006/08/09 22:50 投稿者 : あるる

彼女の名前は、宮下ゆき。もうじき初めてのお産を控えた若妻である。
十歳年上の夫、宮下啓一は、婦人科医療に権威のある総合病院の跡取り息子で、学者肌の医師だった。
ありきたりな恋愛結婚をして、平凡な家庭を築いている二人だったけれど、ゆきの妊娠が判明してから、夫の挙動が不審に感じられ・・・。

「ゆき、もうじき臨月を迎えるわけだけれど、一つお願いがある」
「え?」
「お産が始まってから出産まで、記録を詳しく残しておきたいんだ、だから陣痛が来たらすぐに僕に知らせて、僕と二人で自宅でお産をしてほしい」
まじめな顔でそう言われて、ゆきは少し戸惑った。
夫の腕を信用していないわけではないのだけれど、研究となると熱心すぎてまわりが見えなくなってしまうこの夫。
看護婦さんのケアも期待できる病院での出産を望んでいたのだけれど・・・。
「・・・いいわ」
まだ結婚して一年余りの新婚夫婦のこと、結局快諾した。

それから数日。啓一は自宅の一室をお産のための部屋に模様替えし、医療器具や分娩台、
そしてゆきには気づかれぬように隠しビデオカメラを数台セットした。
・・・実は家中の各部屋にカメラはセットされている。
陣痛が始まった瞬間を撮り逃すまい、と彼は考えていた。



投稿日 : 2010 11/06 23:10 投稿者 : 致良

「ゆき、体に変調はないかい?」
「ええ・・・お腹が良く張るようになったけれど、大丈夫よ」
最近毎朝繰り返される夫の質問にうんざりしながら、ゆきはコーヒーのカップを一口飲んだが、かすかな苦味に眉を寄せた。
「コーヒー、苦いわね」
啓一が申し訳なさそうに肩をすくめた。
「豆を変えてみたんだけれど、口に合わないか。行きつけの喫茶店で分けてもらったんだが」
「そう・・・」

啓一は、コーヒーに陣痛促進剤を混ぜ込んでいた。
「今日は仕事が休みなんだ。家で書類をかたづけるよ」

夫が書斎に引っ込み、ゆきは普段どおり家事をこなした。
予定日が近い成果、おなかが頻繁に張る。昼食の時間になったので、夫の分と自分の分と、食事を用意した。
「あなた、お昼ができたから・・・」
きゅううっと、かすかにおなかが痛んだのを感じたが、すぐに痛みは治まった。
「大丈夫かい」
書斎から出てきた夫の、期待にきらきら光る瞳を見て、ゆきは苦笑した。
「大丈夫大丈夫、さ、食べましょう・・・っ・・・!」
また、同じ痛みがきた。すこし、長い。
「・・・やっぱり、痛いわ。陣痛・・・かしら」
前かがみになって夫を見上げる。
「そうか!普通にできる分はなるべく普通にしてほしいんだ、いよいよ動けなくなったらちゃんと部屋へ運ぶから。まだ陣痛も始まったばかりだからね」

そう言われてゆきは食卓につき、食事を始めたが定期的に襲ってくる陣痛で思うように進まない。
「あなた・・・うっ・・・!とても食欲がないわ・・・ううっ」
そう訴えると、夫にバスタオルと衣類を手渡された。
「じゃあ、シャワーを浴びておいで。お産をした日は、入浴できないからね」
「えっ」
とてもシャワーどころではない、とも思ったが、痛みを逃しながらバスルームへ向かい、衣服を脱いだ。ここにも啓一は、カメラを隠している。
「あっ・・・」
痛みがくると思わずうずくまってしまうほど、陣痛は強くなっていた。蛇口をひねり、温かいお湯を浴びた。すこし、痛みが楽になった気がする。
・・・だが体を洗っているうちに、今までにない強い痛みがきた。
「ああうっ!!」
両手でおなかを抱えるようにして、ゆきが倒れこんだ。
「ああ・・・ああ・・・!啓一!」
「大丈夫か!?ゆき」
「おなかが、とても痛いの・・・!怖いわ!!」
啓一に助けられてバスルームを出、体を締め付けはしないけれど体のラインがくっきり出てしまうようなワンピースを着せられた。
「よし、ゆき、部屋でベッドに横になろう」



投稿日 : 2006/08/17 00:01 投稿者 : あるる

「ああ・・・!あなた、お産って・・・こんなに急なの・・・?ああっ・・・わたし、もう・・・!」
啓一に支えられながら、ゆきは痛みをこらえるために時々うずくまりながら、お産の部屋へむかった。
本当は、啓一がひそかに飲ませた陣痛促進剤のせいで、通常より強い陣痛が来ているのだけど・・・
「大丈夫、ゆき、さあ横になって」

寝台に横になったあとも、どんどんおなかの痛みは強くなっていった。シーツを握り締め、またおなかを抱え、身をよじってゆきは痛みに苦しんだ。
「くっ・・・ああっ!!・・・はあっ・・・ああっ!」
啓一は言葉をかけるのを忘れて、じっとゆきを見つめていた。
陣痛に、産みの苦しみにもだえるゆきの姿に、我を忘れて見入っていた。
「あなた、もう、だめ・・・!!病院へ、ううっ、連れて、行って・・・!!」
「あ、ああ、ちょっと待って・・・内診しよう」
子宮口はまだ7・8センチというところか。
「ゆき、まだ産まれないよ。大丈夫、僕が付いてるから・・・」
「あああっ!!」
激しい陣痛の波が来たとき、一瞬ゆきがおなかを突き出すような姿勢になった。
激しく子宮が収縮したその時、丸く膨らんでいたおなかの形が硬く、少しいびつな形に変化したのに啓一は気づいた。
「おお、こうなるのか」
「な、なに・・・?う、ううっ!!」
再びゆきがおなかを抱え込もうとする腕を、思わず啓一は押さえつけた。
「おなかを隠さないでくれ、ちゃんと見せておいてくれ!!」
そうして、ゆきの両手を頭の上でベッドに縛り付けてしまった。
「け、啓一・・・!!こんなの、やめて・・・!!」
陣痛が襲いくるけれど、おなかをさすることも楽な姿勢を取ることもできなくなって、ゆきの苦痛は倍増した。



投稿日 : 2006/08/1700:21 投稿者 : あるる

体のラインがはっきり出てしまう衣服のせいで、収縮する子宮の動きに合わせて変化するおなかの形もくっきり浮き上がった。
きゅうっと、触ってみると石の様に固くおなかが硬直したときにゆきも強い痛みを感じるらしく、叫び声をあげた。
「はああ・・・っ!!ああっ!!ああっ!!おなかが・・・!!」
荒い息遣いで額に前髪を張り付かせ、涙をにじませてゆきは苦しんだ。
「ゆき、痛いかい、もうすぐだよ」
言葉はかけるがおなかをさすってくれるわけでもなく、啓一はゆきを観察し続けた。
「あなた、助けて!!ああっ、もうだめよ、くううっ!!」
もう陣痛は間隔をおかず続いていた。
突然。
「きゃあああっ!!!」
ゆきが今までにない叫び声をあげた。
「あなた、赤ちゃんが産まれちゃう!!きゃああっ!!」
啓一が診察すると、子宮口は全開、赤ん坊の頭が覗いている。改めて分娩台に移す余裕もなかった。
「ゆき、いきめ!!」
「あっ、くっ・・・ああっ!!うっ・・・あああっ!!」
何かつかまるものがほしかったが、手首が縛り付けられたまま、ゆきは懸命にいきんだ。
「やああっ・・・産まれて・・・っッ!!くううっつ!!」
ふっ、とおなかが楽になった気がした。
瞬間、産声。
「ゆき、産まれたぞ!!女の子だ!!」
「・・・あ・・・」
元気な女の子を、ゆきは出産した。

生まれた子供はもちろんかわいいけれど、啓一が翌日から夢中になったのは、家中に隠していたビデオカメラで録画したテープの編集と分析だった。
本当に研究に使うのか、それとも自分で楽しむのか。
「なあゆき、また子供つくろうよ」
ことあるごとにそういうようになった啓一だが、
ゆきはもしまた妊娠するようなことがあったら、出産するときは絶対に病院で、と心に硬く決めているのだった。


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