雪夜

一部、読みやすさを考慮し、文字の色を明るい水色から黒色へと変更させて頂きました。(熊猫)
一部、明らかなミスタイプがございますが、そのままにしてあります。(熊猫)

雪がゴウゴウと音を立てて降り積もる夜。
山里を遠く離れた所に、和は住んでいた。
嫁の貰い手が見つからないまま両親を亡くし、祖父母と共にそこへ住んでいたのだが、しばらくののち二人も病に倒れ、とうとう和一人になってしまったのだった。
その晩和はすることもなく、早めに床につこうと火鉢のそばに布団を敷いている所だった。
そのとき、どこからかコン、コン、と、物音がした。
よくあることだ。
風の悪戯か、はたまた雪の笑い声か。
和は特に気にせずにいた。
しかしもうしばらく経つと、またその音が聞こえた。
しかし、今度は音だけではなかった。
「…すみ、ま…せ…」
か細い女の声だった。
雪の音にかき消されて聞きづらかったが、確かに和にはそう聞こえた。
こんな山奥の吹雪の晩に客?
そう考えたが、今開けますよと行って、戸を開けてやった。
すると、それはそれは美しい女性が苦しげな表示で立っていた。
家の壁に寄りかかり、今にも倒れそうだ。
そして大きな腹を抱え、和に言った。
「子供が…生まれそう…です
どうか…土間の隅でも良いので…いれて下さい…」
和は驚いた。
こんな子を宿した美人がこんな雪夜に訪れて来るなんて、夢にも思っていなかったからだ。
しばらくぽかんと口を開けていたが、はっと気がつき、戸を大きく開いた。
「ちょうどいい具合に火鉢があったまった所だ。布団も貸すから入んなさい。な?」
「ありがとう…ございます
あの…千代です…」
和は、千代を支えながら家へと入れた。




「ん、ぅ…っぁッッ…」
布団についた途端、千代の花弁から温かい液が流れ、布団を薄紅色に濡らした。
「す…いませ…汚してしまって…はぁッ…」
「いいから、いいから
子供産むんだ、こんなことで体力使っちゃ駄目だ。
俺が手伝ってやるから。
あ、俺、和な。
なんかいるもんねぇか?」
「ぅう…布と…お湯…はさみ…です…く、ぅ…」
「よしよし、今用意する」
そういって和は、土間へ行った。
湯を沸かしながら、ふぅと額にうっすら滲む汗をぬぐう。
千代のような美しい人に会った事がなく、しかもその人は子を産もうとしている。
平静を装っていたが、とても焦っていた。
シューと音が鳴り、湯の泡がはじける。
和はそれをたらいに流し、はさみと布を千代の元へ戻った。
「は、ぁあ…ッ
くぅ、んッーーッ!」
千代は頬を紅に染め、玉の汗を浮かべ、布団に座りこむようにして、いきんでいた。
「出来たぞ。
他になんかあるか?」
「あ…あの…
赤ちゃん…取り上げて…くれません…か?
厚かましい…です、が…ぅ、くぅっ」
その頼みに、和は固まった。
「いや、でも、それは…なぁ?」
「お願い…です…う″ぅ…あッ」
もう一度、千代の下の布団が濡れる。
和は下半身が熱を帯びていくのを感じた。
ぶんぶんと頭を振り、生唾を飲み込んで、和は布を手に取った。




「み…見るぞ?」
「は…い…っぅー…」
和は恐る恐る、少しの好奇心を秘めながら、千代のすでにはだけた純白の着物を足元からゆっくりと捲り上げた。
「…………ッ!!」
和は何も言えなかった。
千代の花弁は梅の花のように紅くなり、大きく口を開いている。
そしてその奥から覗くのは、千代の子供の頭。
「あ…頭が覗いてる…」
呟くように吐いたその言葉が千代に届いたかは分からない。
ただ和は、初めて見るその光景に、目が離せなくなっていた。
「ん…くぅッ
う、んんっっっーー!!」
千代が自分の着物を握って力を込めるたびに、子供の頭が行き来を繰り返した。
出て、入って、出て…
子供が頭を隠さなくなった頃には、和の額にも汗が浮かんでいた。
「よ、よし、頭が隠れなくなったぞ…
もうひと息だ、踏ん張れよ!」
その声援を粮に、千代は更に力を込める。
「う、ぅぅぅっ~~~~!!!」
千代の花弁が一瞬大きく盛り上がったかと思うと、ずぽりと小さな音を立てて子供が顔を出した。
「お、おい!頭だ、頭が出たぞ!」
「あ、はぁッ、赤ちゃ…の、頭、支えて…
う、はぁッ…ゆっくり…ん、ぁあん」
和が子供の頭に布で覆った手を添えた瞬間、ずるずると、ゆっくり、子供が和の手の中へと収まった。
「お…男の子だ…
生まれた…生まれたぞ…!!」
「…はぁ、はぁ…男の子…ですか…
良かったです…無事で…はぁ」
それから和は、その子を良い温度まで下がったたらいの湯船にさっと入れて、千代の胸元へとのせてやった。
千代はとても幸せそうな笑顔を見せた。
「後は私がやります。
お部屋をお借り頂けて、本当に良かったです
どうぞ、お休みになって下さい。」
和は、そんな気はなかった。
まだ千代が誰で、どこから来たのか、なにも聞いていなかったからだ。
聞きたいことは山ほどあったが、千代の言葉に不思議な力が込もっていたように、急に睡魔に襲われた。
「じゃあ…俺は奥に居るから…何かあれば…呼べ…な」


和が気がついた時には、日が空の真上をさしていた。
雪がじわじわと溶け、小川を作る。
ばっと起き上がり、千代のいた所へと出る。
しかしもう、千代はいなかった。
布団もはさみも何もかも綺麗にしまわれていた。
ふとその時、何かきらきらしたものが和の目に入った。
近づいてよくよく見ると、それは木箱いっぱいの大判小判に、絹織物。この世の高価と名のつく全てのものが置いてあった。
「いったい誰が…」
途中まで言い、気づいた。
千代しかいないではないか、と。
和は戸を開け、外へ飛び出した。
ーーー木箱の横に落ちていた一枚の鶴の羽には、この後気づくことになるだろう。



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