閑古鳥探偵事務所

投稿日 : 2007/11/14 17:02 投稿者 : シノン

「あの、すみません……?」

初夏の陽も入らない北向きの窓には、でかく書いた、でも禿げかけの事務所名。真正面に俺の事務机と椅子。
俺から見て左の壁には入り口。そんな俺の探偵事務所へは、滅多に人は寄り付かない。ましてや女性なんて全然。
だが古びた木のドアを控えめに開いて、恐る恐る覗き込んでるのは……10代半ばと思しき綺麗系の女の子だった。
驚いた俺は咥えていた煙草を、暇に任せて椅子にふんぞり返っていた姿勢の自分の腹につい落として熱い思いをした。

「ぅぁっちぃ!!」
「きゃ、だ……大丈夫ですか……?!」

心配した声でドアを開け放して駆け寄ってくる、柔らかそうな白いワンピースを着たその子。

「大丈夫、うん。……あの、ええと? お客、さん?」

来客なんざ久し振りすぎて、どう対応したもんだか忘れてしまった。。
その子は、はっとして、それから俯いて、そのまま頭を下げる。

「…………」

何か言うのかなと思って待ってみたものの、その子は相談事どころか挨拶も名前も口にしない。ずっと頭を下げてるだけだった。

「おーい?」
「…………っ」

その子は肩を震わせてる。……泣いてんのか? 俺は頭をがりがりと掻いてから立ち上がる。
たまにしか来ねえ客の中にも更にたまーに、こういう客だっている。
来てはみたものの変なプライドが邪魔して相談の前に口を閉ざす客。
あとは……思い詰めすぎて何にも言えなくなるような客。
この子は後者だな。俺は思いながら、目の前の応接セットに促した。
涙で濡れたその子の頬を俺は別に拭ったりはしない。代わりにその子の開けたドアを閉めに行く。

「相談云々は落ち着いたらで構いませんから。ま、ゆっくりしてて下さい」

頷いてその子は、ぼろいソファに腰掛けた。
俺は事務机に戻ると、手持ち無沙汰に適当に本をめくる。ゆっくりしててと言ったはいいけど間が持たねえ。
暫ーくしてその子が口を開いた。まだ泣き止んではないらしく、かすれた声で。

「……おなかの子供の、父親を……、知りたい……ん、です……」



投稿日 : 2007/11/14 17:04 投稿者 : シノン

その子は美羽と名乗った。みう……ちゃん、にするか、さん、にするかちょっと迷う俺。
苗字は田宮禄町井、とか言うらしい。
「たみやろくちょうい」て。住所か。長すぎて呼ぶ気になれんし流石に短縮する訳にもいかない。

「美羽と呼び捨てに、して頂いて結構です……」
「あ、そう? ではお言葉に甘えて。俺は古鳥冬矢。独身、歳は地味に20代ラストイヤー」

応接セットで向かい合った俺の自己紹介には、ふるとりさん、と美羽が口の中で復唱した。
いや別にトーヤさんと呼ばれてもいいんだが。

「職業は探偵、老け顔が時々役に立ちまーす。で、美羽、は……見たとこ10代だけど合ってる?」
「はい。……中学生です。2年、になったばかりです」

……中2。で、依頼が……子供の父親探し。
確かにちょっと大人びた感じの口調とかゆるく波打ったちょい長めの髪とかで、もう何歳かは上には見える。
あんまり眺め回すのもどうかと思ったけど、やっぱり腹のほうに目が行く。
痩せ型にしてはかなり、いや相当に膨らんでる腹は、確かに妊婦のそれだ。
今時の子は色々と早いとは聞くけど、この美羽だってそこそこ清純っぽいのにな。溜息は飲み込んでおく。
俺の表情を読み取ってか、美羽は慌てて言った。

「違うんです、その……、えっち……なんて、した記憶がなくって……」
「記憶が、ない?」
「ええ……。でも気がついたら、生理とかじゃない血が、あの……あそこから、出てて。それっきり生理もなくって」

腹の若干でかくなり始めた頃に調べた検査薬では案の定、妊娠反応もあった。
どうしたらいいかわからんうちに、今まで来てしまったと。でも病院にも行けなかったと美羽は話した。

「その、されたっぽいのって、家で? 相手に心当たりは? 彼氏とか」
「いいえ、1年の頃の宿泊学習先のホテルで、みんな一人部屋で……。彼氏はいません……」
「じゃあ犯人は学校関係者? その様子じゃ警察にも言ってないんだな?」

警察、の俺からの質問に頷く美羽。
生徒か教師か、宿泊先の人間か。腕組みをしながら考えていると、ふと美羽の顔色に気がついた。

「…………っ」

もう泣いてはないけど、少し青ざめてる。思い出したくねえだろうに、色々聞き出しすぎた。

「ごめんな、無理して喋んなくていいから」
「違う…………、私……知りたいだけなの……」
「だけ?」
「捕まえたいとかじゃなくて、知りたいだけなんです……」



投稿日 : 2007/11/14 17:06 投稿者 : シノン

知りたいだけ、と美羽は言った。何度も。

「でも……。そんな訳にはいかなくないか? 第一……親御さんだって」

俺の言葉を遮るように美羽が、強く首を振る。

「いないの……っ。お父さんもお母さんも健も。みんな、去年の春、事故で」
「……!」

健、は弟か誰かだろう。

「だから私の家族、今はこの子しかいないから……この子をくれた人に、ありがとうって、言いたくて……」

自分の腹を両手で包む美羽の目からまた零れた涙に、俺はさっきの自分のきつい質問を悔やんだ。
短絡的過ぎた。勝手に強姦とかだと思い込んで、犯人としての相手を探そうと思ってた。

「悪かった」
「古鳥さんは悪くありません……、ちゃんと説明しなかった私がいけないの」

頭を下げる俺に、美羽は少し落ち着いて穏やかに首を振った。

…………。

……………………は。
馬鹿か俺。何見とれてんだ。相手は子供だぞ? 今の美羽の表情が何か聖母っぽかったとか、馬鹿か俺。
咳払いをしてから、俺は普通に尋ねる。

「何ヶ月?」
「恐らく今、8ヶ月目です。かなり動いてくれてますよ、古鳥さんも触ってみます?」
「え、いや……」

……。あんまり美羽に近寄ると、うん。理性が飛ばないとも限らんしな。
立ち上がると俺は美羽の反対側の事務机へと何歩か歩いて、両腕を何となく回した。



投稿日 : 2007/11/14 17:07 投稿者 : シノン

「その、子供の父親? わかったらどうすんの、そいつと付き合うのー?」

美羽に背を向けたままで、言ってみて気付いた。俺ぎこちなさすぎ。何この棒読み。つか声震えてるし若干。
いいな……そいつ。

「さあ……今まで誰も名乗り出てくれなかったところを見ると、私のことなんかどうでもいいのかも」

わざと明るさを滲ませて美羽が返す。

「私がありがとうって言いたいのも、自己満足でしかないような気もするけど……」
「……俺、去年の秋に別れた嫁がいてさ」

何で俺の話になんだよ。でも何でか止まらない。

「俺がすげえ惚れて結婚までいけた女だったけど、結婚1年目から何回も裏切られまくりでさ」
「…………」
「離婚、することになってー。最後に思い出が欲しいってなって、ちょっといいホテルの部屋で待ち合わせて」

初めてまともに思い出すな、何か。

「調査終えてほとんど夜中って時間に、待ち合わせた部屋に行ったら電気壊れてるし元嫁寝てるしで何だかなーって。
でもまあ事前にヤる話にはなってたし? 真っ暗だろうがヤるには問題ねえから、そのまま元嫁に襲い込んでー。
直後に、調査結果のクレームの電話来て出なきゃなんなくてな。その日は結局あいつと話もできないで、おしまい」

その後、即着信拒否されて、俺の戸籍関連も離婚ってなってて。

「なーんか……切なかったなー。最後だけ俺とすっげえ体の相性良くて尚更」

それまでの体関係の微妙な感じが嘘みたいだった。今でも思い出せるほどすげえ天国だった……。

「あいつ今頃別の奴と結婚してんだろうけど、今でもたまに思うわ。あの日のあいつともっかい出直せたらって」
「尚更愛しくなっちゃいましたか、その日。奥さんのこと」
「なっちゃいましたねー。つかこんなこと子供に話すことでもなかったな、すまん……忘れてくれ」

美羽に向き直ってぺこぺこ俺は頭を下げる。

「そんな、いいんです謝らないで……私、歳は子供ですけどもうすぐ母親ですし。ね?」
「まあな、美羽はほとんど大人みたいなもんだしな」

美羽と二人で笑い合った。とっくに元嫁のこと自体は吹っ切れてるから、こうして人に話せたんだな俺。

「ま、そんな訳だから。俺も何言いたかったんだかよくわかんねえけど」
「大丈夫です、古鳥さん。……もしもだけど、あの日の私にも誰かが今でも想いを寄せてくれたりしてたら……」
「そう、その可能性だってあるんだしな。だから探すのは無駄じゃねえだろ」

その時の美羽の笑顔とか。可愛すぎてやばかった。

「はい」



投稿日 : 2007/11/14 17:10 投稿者 : シノン

で、雑談を終えて、応接セットで早速調査を始めることにした。

「んじゃ覚えてることから、何でも言ってって。まずは……日付とか、ホテルの名前とか」
「11月、確か7日でした。ホテルは……、アールアイグランドの新館だったと思います」

くっと、俺の心臓が変な軽い締まりを見せる。

「へー、奇遇だな」
「え……?」

もしかして、って顔で俺を見る美羽。書類を前に、俺は頷いた。

「そう、俺もそんぐらいの時期に同じホテル使ったからさ。さっき話した件で」
「あら、本当に奇遇ですね。どこかですれ違ってたかもしれませんね」
「でも俺着いたのも出たのも夜だったしなー、廊下は誰もいなかった気がする」

俺がホテル名とかを書くのを見届けてから、美羽が口を開いた。

「……古鳥さん。私、そろそろ学校、暫く休もうと思って」
「え、てゆーかまだ行ってたの?」
「最近は少し休みがちだったんです。でも本格的に、おなか目立ってきちゃったから」

美羽にそう言われたから改めて、その姿を見た。うーん、どうなんだろーなー。
でも学校って、痩せてる子もそうじゃない子もいたしなー。
そうじゃない子って、凄い子はもっと凄かった気が。主に腹とかが。
でも今の美羽は、すげえ痩せ型なのに腹はこうだから、やっぱ目立つもんなのかもな。

「なので……良かったら、お手伝いさせて頂けません? こちらの、事務所の」
「えっ……」

思い掛けない美羽の話に、俺は心底びっくりした。

「やっぱりご迷惑でしょうか……」
「いやいやいやいやいや。でも、身重の人に、は、無理はさせられない、し」
「でも、お掃除ぐらいなら……いけませんか……?」

そ、そんなかわいらしく小首を傾げんな。

「わ……わかったよ、どっちにしても調査終わるまでは時々来てもらわないとならんしな」
「ありがとうございます!」
「薄給になるけどな。……つーかいいのか中学生雇ったりなんてして俺……」

美羽は中学生云々は気にしてないらしく、喜んでくれてる。じゃあいいのか。どうなんだ。バレなきゃいーか。

「そういえばホテルのお部屋の番号はいいんですか? ご入用でしたら自宅から宿泊学習の栞持って来ますよ?」



投稿日 : 2007/11/14 17:12 投稿者 : シノン

「ええと……、5027、です」

翌日。微妙に懐かしい数字の並びを、俺は応接セットの美羽から聞いた。

……………………。

……懐かしい数字? を、美羽から?
俺は美羽の持った栞を、奪うように借りて凝視する。
そこには間違いなくその数字が、部屋番号として美羽の名前の横に記してあった。

「どうかされました? 古鳥さん」
「あ……いや、うん。ちょっと待って」

不思議そうな美羽に待ってと言ったものの、俺はどうしたものかと事務机に戻って机に両肘をついて考えた。
5027。
……そうだ。携帯。俺は携帯の受信メール画面を物凄い勢いでスクロールさせて、去年のその頃のにする。

『M市のアールアイグランド新館、部屋は6027です』

素っ気ないあいつからのメールは一行だけ。受信日時は、11月7日18時24分……。
6027。6、027。……。

「それから私すっかり昨日忘れていたんですけど、もしかしたら相手のかもって栞と一緒に取っておいたんです」

美羽が近寄って来て、俺に何かを渡した。
全然流行らないが確かに俺は知ってるキャラクター、ユルーミーのマスコット。
小さな輪がついていて、それは何か紐状のものに付いてたのが取れたんだろうと思えた。
凝視する俺。渡した美羽は、応接セットのソファには戻らなかった。

「…………、」

美羽は、俺の携帯を見ていた。オレンジ色の紐だけになったストラップ部分を。
オレンジ色のきしめんのような形状の紐には、そのマスコットと同じキャラのイラスト。

「……………………美羽。ちょっと思い出して欲しいんだけど」

俺の声はやっぱり震えてた。美羽を見れなかった。

「……思い出しました」

美羽は、俺よりも震える声で言う。多分泣かせた。

「っ……ええ、電気、……壊れていました」

頷く気配。まだ俯く俺。

「明かりが必要な時はユニットバスの電気使ってたから、あんまり不便を感じなくて忘れちゃってたんですね、私」
「美羽……」
「古鳥さんだったんですね……?」



投稿日 : 2007/11/14 17:13 投稿者 : シノン

「美羽、俺…………」
「謝らないで、下さいね」

美羽の声は優しかった。謝ろうとしてたのもバレてた。

「…………良かったね、パパ見つけたよ…………」

話し掛けて、美羽は腹をそっとさする。昨日よりも多分、ほんの少しでかくなっただろうその腹。
明日また少しでかくなっていくだろうその腹。
俺は顔を上げて、美羽の腹に手を伸ばした。丸くて硬い。撫でてやると中から、軽くノックされた気がした。

「パパ優しいひとだよ、良かったね……」
「美羽……」

立ち上がって、美羽を抱き締めた。強く抱きたかったけど、腹に気をつけて。美羽を包んだ。



事務所の横の扉は俺の住まいだと言うと、美羽は意外だったらしく驚いてた。で、一緒に暮らし始めた。
去年から家事も全部やってた美羽は、その手際が素晴らしく良かった。
腹がどんどんでかくなっていくからと俺が手伝おうとしても、いいから座ってて下さいと言う。

「こうして動くのが安産対策ですから。病院で産まない分、私がしっかりしないと」

じゃあせめてちょっとは役に立ちたいから、と俺は……その、出産に関する勉強を始めた。
美羽と二人、関連本を読み漁る。美羽の知らない漢字は教えてやったりした。

「こ、これは何て読むんですか~……?」

やけに頬を紅くしながら、美羽がまた本を俺に見せてきた。
どれどれ、と俺がまた読み上げてやろうとして、固まる。

『出産前のSEX ~安産のために~』

「ちょっ、美羽!」
「ふふっ」
「大人をからかうなー!」

……でも結局熟読する俺だった。

「パパおもしろいですねー、ねぇ?」
「俺が正真正銘のパパですよー。寂しい思いさせてたけど、お前もママもこれからは絶対幸せにしまくるからなー」

出会った日……二度目に出会った事務所でのあの日よりずっと、大きい臨月の今の美羽の腹に交互に話し掛ける。
……今までの人生で俺、一番幸せかも。
そんな俺を、じーっと美羽が見て来る。目が合うと笑った。顔を近付け合う。唇を重ねる。



投稿日 : 2007/11/14 17:15 投稿者 : シノン

「私、安産で産みたいな」

たっぷりキスしてから唇を離すと、またじーっと俺を見て美羽が言う。
それからさっきの出産情報本の方を見たりする美羽。
また見つめ合って、俺はふっと熱に浮かされた感じになった。やばい。だって美羽が可愛すぎる。
抱き締めたくなる。押し倒してヤったりしたくなる。
いいんだよな。激しくなければ大丈夫だよな。

「美羽……!」

ベッドに抱えていって、すぐに首筋に唇を押し当てた。もう息子とかはち切れそうだ。
服。服邪魔。早く素肌にもっと。
一気に美羽を裸にする。唇をいろんなとこに這わせながら、俺も脱いだ。
美羽の腹にもキスをする。
全部愛してる。

「……っ、冬矢ッ……!」

美羽の腹に力を掛けないように自分の腕に、脚に体重を乗せる。
そのまま美羽の耳元を、首筋を、そして凄い大きさの胸を、何もかもを舐めていく。
美羽は熱い息をして、喘いで俺をもっと燃やした。我慢とかもう無理。

「挿れるからな……」

一杯頷いてくるから、躊躇わずに息子を美羽の中に押し込む。

「あぁ…………!」

俺か美羽の、心臓の音、ばくばくで酷い。熱い。美羽の。ああ。
柔らかい熱い。
強く。締まる。擦る。
そう。こんな感じだった。良すぎて死ぬかと思ったあの日も。
速く引っ張り出す。ぐっとまた挿れていく。
熱い。ああ、凄ぇいい。紅い美羽の顔。体。汗と息。
俺の腰が。無意識に深く激しく、動いて美羽を感じる。美羽の何もかもを。熱を。

「んんっ……ッはぁぁ……!!」

美羽の声を。もっと。美羽の中。強く擦る。
あ、あ、あ。あ。あ。あ―――――

「はぁ、はぁぁ…………」

出た。俺の全部が、白く。震えて出た。
最後にびくっと、ひとつ震えて終わった。
美羽の中の熱さをずっと感じてたくて、抜きたくない。
汗ばんだ美羽の、額を手で拭う。

「冬矢……」

俺の手を両手で包んで美羽は、自分の頬に当てた。



投稿日 : 2007/11/14 17:17 投稿者 : シノン

「冬矢、一緒にいてくれる……?」

そのまま二人で、布団の中で裸でいた。俺の腕枕から美羽が見てくる。

「一緒に?」
「あの、……産むとき」

美羽の腹。その肌に俺は直接触れて撫でる。

「当たり前じゃん」

美羽の肌越しの子供。良く動いてる。俺が父親だからな、一杯甘えて来いよ?

「よかったぁ……」

そのまま撫でてると、美羽の寝息が聞こえてきた。
もっと頑張っかな、探偵業。ソファの布張り替えて。壁とかも。客用の茶ももっといいのにして。
暮れていく空。
俺もいつの間にか眠りに落ちていた。



次に目が覚めたのは、隣の美羽の唸り声でだった。

「美羽?!」
「ぅ……ぁぁあ……………………」

額の汗、腹を抱え込んで小さくなってる美羽。

「陣痛か……?! 陣痛なんだな!?」
「冬矢、……………………ぁあっ」

美羽は頷いてすぐ、顎を上げて呻く。外は暗い。時計は真夜中を指してる。
どうしよう。美羽が。
……あんなに勉強したんじゃねえのかよ、俺。何で動転なんかしてんだよ。

「…………ぅぅぅぅー、っ、ぁああッ……………………!」

苦しそうに痛みに堪えて美羽が、俺の手を掴んだ。
握り返す。美羽。がんばれ、美羽……!

「ぃ、たい……………………いたいぃぃッ!」

悲鳴に俺は手をもっと握って、美羽の腰もさする。
さっきのセックスどころじゃないほど熱い息の美羽は、それでも必死で呼吸を整える。
本通りの鎮め方を必死で。
辛うじて陣痛が緩んですぐ、美羽が時計を見る。

「1時10、分。……冬矢、メモお願い……します……」

肩で息をしながら、美羽が言う。俺は慌ててメモを取った。

「まだまだ、掛かるんだよね……、赤ちゃん生まれるまで…………」

美羽に痛みへの凄い疲れが見えて、俺は何も言えなかった。
……でも美羽は微笑んだ。目を伏せて、腹を両手で撫でる。

「私がちゃんと産んであげるから。何も心配しないで、出ておいで?」

美羽。

「え、ちょっと、何泣いてるの? もー……頼りないパパねぇ」
「美羽ー……」
「よしよし」


それから次の陣痛が始まるまで、美羽はずっと俺の頭を撫でてくれていた。



投稿日 : 2007/11/14 17:18 投稿者 : シノン

美羽がまた表情を歪めた。時計を指さされて、俺は頷いて時刻を書き取る。

「ぅーーーーー……………………」

25分間。こんな間隔ではまだ、いきみ、ができないらしい。
声を出して痛みを逃すのを、美羽はしっかりやっている。

「んー……っ、冬矢、また、……腰、お願いし、ます」

体ごと右に倒して、左にいる俺に美羽は背を向けた。
その腰を両手でさすっていく。どこが美羽には一番楽なんだ。

「あ、そこで――――― ぁぁー…………ッ」

言われたところをずっとさする。俺にはこの位しかできない。
でも、できることなら何でもやるからな俺。なあ美羽。

「んーーーーー…………ッ、はぁッ、んんーーーーーーーーーーー!」

どんどん強くなるように見える。陣痛。
美羽の細い体はまた小さくなる。脚を縮めて。腕は何かから腹を庇うように。



そうやって美羽が耐えて、また少し楽になって、を繰り返して、その間隔がひどく短くなった。

「冬矢、冬矢――――……!」
「美羽?! もう次か?!」

数時間前とは腹の形が全然違う気がした。子供、凄い降りてる。

「お願い、どのくら、い、開いてるか……見て…………ぅん――ッ!」

そう、確か10cmぐらい開いたら本格的に……出産のはずだった。
俺は一瞬躊躇ってから、美羽のあそこに指をそっと二本入れた。奥の方に達してから広げる。
凄い開いてる……!
そのままの指で定規に当てる。ほとんど10cmだ。

「美羽、もう10cmだ……!!」

声も出せないようだった。何度も何度も頷くと、美羽は強く目を一度閉じる。
いよいよだ。美羽。美羽……、頑張れ……!!!

「んーーーーーーーーーーーーー、ぁあっ、ん――――――――………………!!!」

声にならないほど力を込めて、美羽がいきむ。
美羽の手を強く、強く握り締める。

「ん――――――――…………、はぁ、はぁァッ、んん――――――――……………!!!!」

長く息を止めてる。紅い綺麗な顔の美羽。汗。
それから「う」の形の口で何度も何度も、激しい呼吸をした。
それが繰り返される。ずっと。
ひどい痛みとか。呼吸の苦しさとか。美羽。全部俺にくれ。
美羽……!

「ん――――――――…………、ふーッ、ふッ、ふッ、ふッ、ふっ、ふっ、ふっ―――――――」

美羽の脚の間。子供の頭の形に美羽の皮膚が盛り上がる。

「あぁ――――…………ッ!!!! ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふーっ―――――――」



投稿日 : 2007/11/14 17:20 投稿者 : シノン

「美羽……!! 頭、出そうだ……!!」

つい叫んでしまう。美羽。美羽……!!!

「ん――――――――…………、ふっ、はぁ、んん――――――――――――――――――……………!!!!!!」

美羽のその力で子供の頭が出て。

「ふッ、ふゥゥッ、――――――――――――――――――……………!!!!!!」

悲鳴のような呼吸で息を吸うと、美羽はまたいきんだ。
力強い。そのいきみが。あー、もう俺駄目だ。泣けて。
その瞬間だった。

子供が。
出てきた。ぐーっと。全身。

美羽ー……!!!!

「はあ、はあぁ………………はぁぁ……………………」

熱い呼吸が全然収まらないまま、美羽は自分の額に手の甲を置く。

「美羽、美羽、頑張った……頑張ったな……!!!」
「冬矢……冬矢、冬矢……」

生まれたての、子供をそっと俺は抱き上げた。
重い。……凄く重い。
俺の一番傍で、子供は初めて泣いた。

「美羽、男の子」

美羽の胸の上に、そのまま乗せた。
俺の涙もそこに零れた。

「美羽、ありがとう……」

子供が泣く声にはかき消されなかったらしい。美羽は笑ってくれた。

「……冬矢……。この子をくれて、ありがとう」

もう、何に代えても美羽とこの子を守り抜く。俺の全部懸けていい。



二人が愛しすぎて泣きまくり、俺はこの日から泣き虫探偵と美羽に呼ばれることになった。




                    -完-



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