一部、読みやすさを考慮し、改行を入れさせて頂いた部分がございます。(熊猫)
一部、明らかなミスタイプがございますが、そのままにしてあります。(熊猫)
あたしが美月ちゃんに「立会人」になってほしいと頼まれたのは、この前のお正月に実家に帰省した時だった。 あたしはある山奥の小さな村で育った。 あたしの育った村は本当に変わっている。 昔ながらのしきたりや伝統が今でもしっかり生きていて、 何百年も前から続く、お祭りや神事が生きているのだ。 その村の中でも最も村のしきたりを大切にするのが「楠木家」だった。 代々大地主の家系で、門構えは江戸時代の城のようだ。 今でも村の数々の産業や事業が、この楠木家の傘下に入っている。 そしてその跡取りである拓己さんと結婚したのが、 あたしの幼馴染の美月ちゃんだった。 昔から美月ちゃんは村一番の器量よしで、あたしから見ても本当に日本人形のようにきれいな子だった。 真っ白な肌と、腰まで伸びた真黒な髪。 まつ毛に縁取られた大きな瞳と、華奢な肩。 息をのむほど美しい、あたしの自慢の幼馴染だった。 方や拓己さんは、村の女の子たちのアイドル的存在だった。 楠木家の後継ぎにふさわしい、昔から成績優秀で、何をやらせても完璧で、みんなの羨望の的だった。 あたしたちより5歳年上で、無口な人だけど、 すっと伸びたシャープな瞳と、すっと立った背中が印象的だった。 ふたりが結婚した時は、村中がお祝いした。 高校を卒業してすぐに結婚した美月ちゃんは、 拓己さんの横で、頬を少し赤らめて、本当に幸せそうできれいだった。 その後、あたしは東京の大学に進学して、しばらく美月ちゃんとも疎遠になっていた。 二十歳の成人式の前に、美月ちゃんから妊娠したという報告を受けたのだ。 あたしは成人式を上げるために、村に帰省していた。 もうすでに9か月になっていた美月ちゃんは、成人式には出席せず、 あたしたちは楠木家のバカでかいお屋敷の離れで、久しぶりに会ったのだ。 「もうすぐだね」 「うん。うちは難産の家系で心配してるんだけどね」 美月ちゃんのお母さんは、もともと体が弱く、ずっと前に亡くなっている。 「心配だよね。でもきっと大丈夫だよ」 「あのね…。葵ちゃんにお願いがあるんだけど、あたしが赤ちゃんを産むとき、立会人になってくれないかな?」 美月ちゃんは不安そうに大きなおなかをなでながらいった。 「立会人って、あの出産のときに立ち会う人のこと?」 昔から楠木家では、出産も一つの祭事とみなされていて、独特のしきたりがあるという話は聞いたことがある。 でもあたしだって詳しくは知らないのだ。拓己さんの弟の涼君が生まれてから楠木家でも出産の祭事は行われていない。 「普通は、義理のお母様が務めるらしいんだけど、拓己さんのお母様も亡くなってるから…」 そうだ。確か拓己さんのお母さんは涼君の出産がもとで亡くなっているんだった。 あたしは何となく背筋が寒くなる。美月ちゃんも不安そうだし、あたしが立ち会って役に立つならなってあげようか・・・。 「いいよ」 「本当? ありがとう。お婆様にも伝えておくから」 お婆様はこのあたりで一番の産婆さんだ。ずっとこの村で育っているのでしきたりや祭事にも詳しい。 あたしは美月ちゃんが飲んでいる変な色のお茶が気になった。 「美月ちゃん、そのお茶なに? なんだか変な匂いがするよ」 「お婆様に飲めって言われてるの。お産がスムーズに行くからって」 「そうなんだ」あたしは何となく嫌な予感がした。本能が察知したのだろうか。 「予定日はいつ?」あたしは思わず話題を変えた。 「二月末なの。葵ちゃん帰ってこれるかな?」 「大丈夫だよ。二月じゃきっと雪が深いね」 「うん。赤ちゃんに会えるのもうれしいけど、拓己さんにも早くあいたいからあたし頑張るね」 ここで初めて知ったのだが、楠木家では当主の嫁の妊娠が分かった時点で、離れに妊婦を隔離するのだそうだ。 夫である当主はもちろん、一切の男性と接しないようにする。俗物との接触を一切立つ。本当に変なことばかりがまかり通っている村だ。 美月ちゃんが、拓己さんに会えなくて不安にならないはずがないのに。。。 それから後日、あたしはお婆様に出産の祭事についての説明を受けた。 それは本当におかしなしきたりだった。 難しいことは何もない。でもすごく奇妙だった。 最後の出産に立ち会うのは、あたしとお婆様と拓己さんだけ。 重要なのはその一点だった。 あたしはいまいち府に落ちないものを感じたまま、東京に戻った。 2月のある日の夕方、あたしの携帯にお婆様から連絡があった。 美月ちゃんの陣痛が始まった、と。 お婆様は急ぐ必要がないと言ったが、あたしはいてもたってもいられなくなって、急いで新幹線に飛び乗った。 雪でダイヤが乱れている。結局3時間くらい遅れて、夜の九時ころに楠木家についた。 楠木家の玄関で拓己さんに会った。 「立会人を引き受けてくれたんだってな」 「はい」あたしはちゃんと拓己さんと話したことがないので緊張した。 「美月は精神的に弱いことがあるから、長丁場になると思うが励ましてやってくれ」 拓己さんはやはり心配しているのか、顔色が少し悪かった。 「破水したら拓己さんもいらっしゃるんですよね?」 「ああ。それまで俺は入れない」 これも祭事の一つだった。妊婦は破水をするまで離れで、十人ほどの村の女の人たちに世話をされて、陣痛をやり過ごす。 そして破水した後、やっと出産という時点になって、あたしと拓己さんとお婆様だけがその時に立ち会うのだ。 それからあたしはこれからのことについて説明を受けた。 まずお風呂に入る。塩でお清めをされ、美月ちゃんが子供を産むまでこの楠木家からは出られない。 ずっと立ち会う必要はないから、最後まで体力を残しておくこと。 離れの20畳くらいの部屋に、美月ちゃんとお婆様、補助の助産師さんや、村の子供を産んだ経験のある女の人が十人くらい集まっていた。 あたしは奥の布団にペタンと座るように、うずくまっていた美月ちゃんに声をかける。 「美月ちゃん、だいじょうぶ?」 「葵ちゃん、来てくれたんだ…」 まだしっかり笑顔だ。ちょっと汗ばんでるけどまだ呼吸もしっかりしている。 美月ちゃんは長い髪を一つにお団子にして、すとんとした紺色のワンピースを着ていた。 「痛む?」 「まだだいじょうぶ。でもお腹がだんだん張ってきたんだよ」 美月ちゃんはあたしの手を自分のお腹に持って行った。 この前に会ったときより一回り大きくなっている気がする。 確かに全体がずっしりと硬かった。 「ほんとだ」 「これがまだまだ硬くなるんだって」 「あんた晩飯はまだだろ。隣で食べさせてもらいな」 お婆様があたしを追い出したので、違う部屋で女の人たちが用意した簡単な晩御飯を食べた。 「葵ちゃんもしっかり食べないと。まだまだ長いからね」 顔見知りのおばさんが声をかけた。 「そんなにかかるんですか」 「破水するまでが結構かかると思うわ。初産だし、このお家は特に…」 そこでおばさんはしまったという様に、口をつぐんだ。 「どういうことですか? あたし誰にも言いません」 「そうね、葵ちゃんは知っておいたほうがいいかもしれないわね。ここのお家は出産は祭事の一部でしょ。 だから、つまり、美月ちゃんには悪いけど、破水をぎりぎりまでさせないような工夫がされているの」 おばさんは言葉を濁して言う。 「あのお茶のことですよね?」あたしはずばり聞く。 「そう。あのお茶よ。陣痛の初期で破水をさせないように飲ませているの」 やっぱりあのお茶だったのか。さすがというか、何だか自分が育った場所が怖くなる。 「本当はこんなことやめたほうがいいのよ。今は医療だって進歩してるんだし、もっと楽に産めるわ。 美月ちゃんは骨格も細いし、こんなのこはあたしも可哀そうだと思うの」 おばさんはそこで部屋を出て行ってしまった。 きっと今の話を美月ちゃんは知らないだろう。 あたしは最後まで知らないふりをすることにした。知らせても余計に不安にさせるだけだ。そばにいて励ますことしかあたしはできない。 それからあたしは美月ちゃんの陣痛が落ち着いているということで、違う部屋で仮眠をとらせてもらった。 目を覚ましたは夜中の二時過ぎだった。 呻り声がする。鳴き声みたいな。 あたしは布団から飛び起きた。美月ちゃんだ。 「美月ちゃん!」 あたしは大きな広間に飛び込んだ。 むっとした熱気に思わず顔をそむける。熱い。それに、何だろうこの匂い。 布団には美月ちゃんがうずくまっていて、その周りにたくさんの陣痛をやり過ごすための道具があった。 バランスボールみたいな大きなボールや、木で出来た馬のおもちゃみたいなものもある。 村の女の人や産婆さんに背中をさすられて、美月ちゃんは懸命に陣痛に耐えていた。 「美月ちゃん、大丈夫!?」 あたしが駆け寄ると、美月ちゃんはうずくまった体を起こした。 顔が赤くて、汗でびっしょりだった。細い髪の毛がほつれて乱れている。 「葵ちゃん、痛い。すごく痛いよ」 必死に顔を歪めてあたしに訴える。 「大丈夫だよ。がんばって」 あたしは美月ちゃんの背中をさすってあげた。一瞬お腹に触れたら、さっきよりずっと硬くて驚いた。 「痛いぃ~。お腹が割れそうに痛いっ」 美月ちゃんはうずくまってお腹を抱えたまま、動けないでいる。左右に顔を振って、痛みを逃そうとしている。 「まだまだ子宮口が開いてないんだからね! 今からそんな泣き言言ってたら子供なんて産めないよ」 お婆様のゲキが飛んだ。美月ちゃんだってまだ二十歳なのだ。そんなにきつく言わなくてもいいのにと思う。 「お腹が痛いぃ~~! 我慢できないよぉ!!」 「しなくていいよ!! いっぱい叫んでいいよ!」 あたしは美月ちゃんがかわいそうになって、言ってあげる。 それから明け方まで、美月ちゃんの陣痛は全然進まなかった。 子宮口が5センチから全然開かないのだ。見ているこっちがつらくなるくらいだった。 バランスボールによりかかったり、四つん這いの態勢になったり、木でできた馬の乗物に乗っても、全然進まなかった。 「ふふぅぅ~。うーぅー。あーー、痛いよぉ!」 「がんばれ、がんばれ」 あたしはどうすることもできずに、美月ちゃんの背中を一生懸命にさすった。それでも全然足りない。 お腹はガチガチに硬くなっている。美月ちゃんの体も緊張と恐怖ですごくこわばっていた。 陣痛が進まないのに業を煮やして、お婆様はまた昔から伝わる漢方薬のようなお茶を美月ちゃんに飲ませるように指示する。 あたしは破水をさせないお茶のことも気になって、止めようとした。 でも、この村でお婆様に逆らえるはずはなかった。 何より苦しそうな美月ちゃんの様子を見るのがつらい。 美月ちゃんはお婆様に言われるままに、薬を飲みほした。 効いているのかは正直分からない。 それから女の人たち総出で、離れのお風呂につれていった。 温めのお湯で陣痛をやわらげようとする。 裸になった美月ちゃんは、あたしが想像したよりずっと女性らしい体だった。 胸もすごく大きくなっていて、かすかに母乳がにじんでいた。 肌はきめ細かくて白い。 丸いお腹は確かに重そうでつらそうだけど、ただかわいいだけだった美月ちゃんが、母親になる前の体はすごく神秘的できれいだ。 お風呂に入り、だいぶ美月ちゃんも落ち着いたみたいだ。 湯船の中で何とか襲ってくる陣痛をやり過ごして、深く呼吸をするように頑張っている。 「その調子だよ」 あたしは美月ちゃんに声をかける。このままで生まれてくれればいい。 「すごく痛いけど、だんだん下がってる気がする…」 美月ちゃんはお腹をゆっくりなでながら言った。 陣痛は進んだのだろうか。結局お風呂には午前中ずっといた。 お風呂から出ると、美月ちゃんはまた大広間で陣痛を耐える態勢になった。 さっきよりつらそうだった。 四つん這いの姿勢がいいのか、ずっと腰を高くあげて頭を下げた態勢を取っている。 陣痛が来ると腰を上下前後に振って、何とか痛みをやり過ごしている。 「ううぅぅーー。下がってきてるー。痛いー」 「まだまだつらいからな。気をしっかりもってな」 お婆様も美月ちゃんの腰をげんこつで強くさする。 「痛いーー。また来たー。痛い痛いーーー」 もう顔は汗でびっしょりだ。さっきお風呂に入ったばかりなのにもうじっとり美月ちゃんの体は汗ばんでいる。 村の女の人たちも交代で、美月ちゃんの腰や背中をさする。 「あああぁー。んんっ!! 痛いのがまた来るっ」 美月ちゃんは本当によく頑張っている。本当に痛そうでつらそうだ。 子宮口を見てみるとやっと8センチ開いているということだった。 だんだんと日が落ちてくる。一体いつ生まれるんだろう。 あたしも美月ちゃんの背中をさする腕がだるくなってきたころ、美月ちゃんが急に顔を歪めて訴えた。 「もう出そう。いきみたい」 「息みたいっ!もう出るーーー!」 美月ちゃんは泣きながら、うずくまったまま息みだした。 「まだ息んだらだめだ。息みを逃すんじゃ」 「ううぅぅーー。痛いよぉーー。息みたいぃーー」 美月ちゃんもまだ息めないのを自分で分かっているのだ。それでも体から突き上げる力に逆らえなくて苦しんでる。 「美月ちゃん! 息んだらだめだよ。まだだよ!」 あたしもうずくまる美月ちゃんを必死で起こそうとした。 「もう駄目ー! 限界っ!! 痛いよ!!」 ここまで頑張っていた美月ちゃんが半狂乱になっている。自分を失っている。 「破水するまで息むな! 息んでも赤ん坊が苦しいだけじゃ!」 「ううぅぅっ!! あああぁぁーーー!! 痛いぃぃー! 怖いよぉーー! 息ませてーー!!」 「ダメだよっ!! がんばって!! 深呼吸してっ!!」 あたしの体に美月ちゃんは信じられない力で抱きついてきた。 背中に腕をまわしたまま息んでいる。顔はもうぐしゃぐしゃで堪え切れずに目からは涙がこぼれていた。 「ううぅんーー! また来たよぉ!!」 村の女の人とあたしで、美月ちゃんをあたしの体から離した。 息めないように美月ちゃんを布団に仰向けの状態にする。うずくまるとどうしても息んでしまうので、 両手を布団にぺたんと付けた状態で、膝を立てた状態でお婆様は素早く内診した。 「まだ8センチじゃ。もう少しの辛抱じゃからな」 「痛いーーー!! 助けてっ! お腹痛いよぉ!」 「そんなことでどうするんじゃ! 後継ぎを生むんじゃろ!!」 四人がかりで美月ちゃんの体を押さえつける。横を向けないようにしっかり仰向けの状態にする。 こんな細い体にこんなに力があったなんて信じられない。 「お婆様! 美月ちゃんが可哀そうだよ! 破水させてあげて!」 あたしは思わず叫んでしまった。こんなに美月ちゃんが苦しんでいるのはお婆様が飲ませたあのお茶のせいなんじゃないか。 「まだ子宮口が開いとらん。呼吸法で痛みを逃すしかないんじゃよ」 「ううぅぅ~~! 痛いぃ! すごい痛いよ!!」 美月ちゃんはあたしの手を力ずよく握ってくる。 「がんばって! あたし代わってあげられないんだよ」 あたしは体を押さえつけられたままの美月ちゃんに言うしかない。 「んんぅぅうううんんーーー。ああっ!! ううぅぅ~っ!」 お婆様は子宮口のあたりを押さえて、少しでも陣痛を楽にさせようとしている。 「痛いぃ~~!! 死にそうに痛いよぉぉ!!」 「拓己さんっ!!!」 押さえていた手を振り切って、美月ちゃんは叫び声をあげた。汗でびっしょりののけぞった喉が白かった。 「ああああぁぁぁーーーーーー!!!!」 そのとき、バシャっと勢いよく水が飛び散った。 破水したのだ。 破水をしてから、大広間は急にあわただしくなった。 苦しそうに呼吸をしている美月ちゃんをよそに、あたしはおばさんたちに別に部屋に連れていかれ、そこでまっ白い装束に着替えさせられた。 離れの一番奥の部屋に通される。 襖の向こう側は思ったよりずっと暗かった。入った瞬間、薬のような香水のような変な匂いがする。 間接照明が数個しか置かれていない。部屋の中央には何の変哲もないベットがあった。寝台といってもいいくらいシンプルだ。 分娩台にあるようなにぎり棒のような取っ手も何もない。 美月ちゃんは破水した後、体を一通り拭かれて清められ、真っ白なシルクのネグリジェを着せられていた。 長い髪はもうほとんどほつれて、美月ちゃんの大きくなった胸に流れ落ちている。 薄い素材のネグリジェの上からも、胸の形が見て取れる。 お婆様は美月ちゃんの足元で、あそこの毛を剃っていた。 お婆様も白装束を着ている。 美月ちゃんは破水をして落ち着いたのか、すこし呼吸が楽になっている。 あたしは所定の場所に置かれた座布団に座った。手には楠木家に代々伝わる日本刀を持っている。 あたしの本当の役目はこれからだった。美月ちゃんの出産に立ち会うこと。そして最後に、生まれた子供の臍の緒を切ること。 守らなくてはならないことは二つだけだった。 ひとつ。決してここから動かないこと。 ふたつ。決して声を出さないこと。 あたしは立会人だ。この祭事を見守ることが仕事だった。 その時、襖が開いて、拓己さんが入ってきた。 拓己さんも真っ白の装束姿だ。背丈があるのでよく似合っている。 拓己さんはすっと部屋に入ると、あたしが座っているところまで腰をおろして、何気なくハンカチを渡した。 「あんまり吸い込まないほうがいい」 そういって寝台のほうに向かう。 この変な匂いのことだろう。何かお香でも焚いているのだろうか。 そういえばさっきから何となく頭がぼうっとする。あたしは渡されたハンカチで口を覆った。 「拓己さん…」 美月ちゃんは苦しそうにベットから体を起して拓己さんに抱きついた。 よく考えたらこの二人は7か月ぶりくらいに会ったのだ。 「よく頑張ったな。もう少しだぞ」 美男美女が二人。出産中という非常事態なのに、本当に絵になる光景だと思った。 あたしが座っているのは、一段高くなったベットのやや後方くらいで、三人の様子がよくわかった。 大きなキングサイズのベットに拓己さんは上がった。 「そろそろ始めますぞ」 お婆様が声をかけた。時刻は夜の8時過ぎ。 美月ちゃんの出産が始まるのだ。 お婆様はまず美月ちゃんのネグリジェをたくしあげ、瓶に入ったクリームのようなものを大きく硬くなった美月ちゃんのお腹に塗りつけた。 はちみつのようなこってりとしたクリームを塗られて、美月ちゃんの体はワックスを塗ったように艶めいている。 匂いの正体はこのクリームだったのだ。むせかえるような甘い匂いがしている。 「陣痛が来ますぞ」 四つん這いになり、拓己さんの胸に寄りかかるようにしていた美月ちゃんの顔が歪んできた。 「ううぅぅ~~! い、痛いぃ~~!!」 拓己さんがしっかり美月ちゃんの背中から体を支える。 拓己さんはすごく落ち着いている。抱きかかえながら背中を押すようにさすった。 「次の陣痛の波に乗って、息みなされ」 「ああぁぁああーーー! うぅうぅんぅんんっ!!」 必死に拓己さんにしがみついて息んでいる。やり方が分からないのかうまくいかないようだった。 「落ち着いて、深呼吸して」 拓己さんが美月ちゃんの前髪をかきあげながら言う。美月ちゃんの潤んだ瞳が綺麗であたしは思わず見とれてしまう。 「んんーー。きたっ! 痛いーーー!!」 「今じゃ、息みなされ!!」 「ああぁぁーー!うう゛ぅぅーー!んんー!!」 四つん這いになった美月ちゃんの子宮口の奥で、何かが動いているのが見える。 「その調子じゃ!! もう一回!」 「はぁっはぁっ!! ああぁぁああ゛ーー!痛い゛ーーー!!」 頭が見えてきてる!! あたしも思わず力がこもった。 頭が出たり入ったりしている。なんて遅いんだろう。こっちがいらいらするくらいだ。 「はぁーっ、はぁーっ!! んん゛ううぅう゛ーーー!!」 何度も美月ちゃんは息みをくりかえす。お婆様はクリームを子宮口の周りにも塗りつけた。 苦痛で美月ちゃんのきれいな顔が歪んでいく。顔を真っ赤にして、汗でぐっしょり濡れた体がネグリジェから透けて見える。 「はぁっ!はぁっ!! くっ、くるしいっ!!」 もがくように美月ちゃんは拓己さんに抱きついた。 「もうすぐだ。もう頭が見えてる」 拓己さんも心配そうな顔をしている。美月ちゃんの背中をさすって落ち着かせようとしている。 「拓己さんっ! は、はさまってるっ!! 痛いぃ~~!!」 「しっかり」 お婆様は態勢を仰向けに変えさせた。そのほうが足を大きく開ける。 美月ちゃんの子宮口が露わになる。赤ん坊の黒い髪の毛がかすかに見えている。 「もうすぐじゃからな。がんばりなされ」 お婆様は子宮口を手でなぞって、ゆっくり広げようとしている。 ぎりぎりまで開いた子宮口は、やけどでただれているようだ。 頭の形のまま、限界まで開かれている。こんな小さなところから本当に生まれてくるんだろうか。。。 「ああぁぁああぁーーーーっ!! 痛いーー!! やけどしてるみたいに痛いっ!」 「息みなされっ!!」 「痛いっ!痛い痛いっ!! 裂けるよぉっ!!」 「だいじょうぶじゃから!! もう一回!」 「お願いっ! 休ませてーー!! もうやめたいよぉぉ~~」 美月ちゃんが泣きごとを言う。こんなに痛そうなんだ、無理もない。。。 「美月! しっかりしろ! お前しか産めないんだそ」 後ろから美月ちゃんの腕を掴んで支えていた拓己さんが励ます。 「痛いよぉ~~! もう産めないっ」 見ているだけのあたしは美月ちゃんのことを可哀そうになってしまう。丸一日以上、睡眠も食事も取らずに、ひとりで陣痛に耐えているのだ。 涙と汗でぐしゃぐしゃになった顔を、拓己さんが装束の袖で拭ってやる。 「拓己様。胸を揉んでやりなされ。陣痛が進みます」 お婆様がクリームを塗って、美月ちゃんの胸を揉むように指示をした。 拓己さんは言われたとおり、ネグリジェをたくしあげて、美月ちゃんの胸を揉みだした。じゅわっと母乳があふれる。 「はぁーー、はぁーー! くるしいぃ~~」 「もうすぐだから、がんばれ、がんばれ」 二人の光景はとても艶めかしかった。拓己さんの大きな手が、美月ちゃんの胸を揉んで、その間も絶えず母乳があふれ出ている。 クリームを塗りつけて、ぱんぱんに張ったお腹も下のほうに揉んでいく。 「うううっっうっ! 拓己さんっ! 陣痛がきそう…」 美月ちゃんが体を起こす。拓己さんが後ろからしっかり支える。 「大きな陣痛がきますぞ。息んでっ!」 「んんぅんぅうううんんーーーー!! ぐぐぅうううぅーーーー!!」 「そうじゃ!! うまいぞ!」 お婆様ももう汗だくになっている。 「あああぁぁああぁーーーーー!! 痛いっ!!」 「頭が挟まったぞ。あと一息じゃ」 美月ちゃんの足の間に頭が半分くらい出ている。仰向けの態勢のまま、美月ちゃんは激しく体を左右に振って陣痛を逃そうとしている。 拓己さんもまた美月ちゃんの胸を揉んで、陣痛をやり過ごそうとしていた。 「はぁっ!!はぁっ!!」 「あともう少し。後継ぎの誕生じゃ」 お婆様も顔をほころばせている。美月ちゃん、がんばれ、もうすぐだよ… 「さぁ、大きな陣痛が来るぞ。いち、にの…」 拓己さんがしっかり美月ちゃんを押さえつけるように支える。美月ちゃんも拓己さんの腕をしがみつくようにつかんだ。 「さんっ!! 息めっ!!」 「ああぁぁあーー! ううう゛ぅう゛う゛ーーーー!!!」 もう美月ちゃんは半狂乱だった。狂ったように拓己さんの腕をつかむ。美月ちゃんの細い腕の血管が浮かんでいる。 「んんんうう゛゛ーーーー!! 痛いーーーーーぃっ!!」 「がんばれ!!」拓己さんの声がする。 「うぅんぅんんーーー!! 出るっ!! 出るよぉっ!! 出る出る出るーーーーーーっ!!」 あっ! 一瞬だった。頭が飛び出るように出た。 「頭が出たぞ! 短く呼吸して!」 「はぁっ! はぁっ! はぁっ!!」 あ…。もう生まれる…。信じらない… 「最期じゃ。もう一回…」 美月ちゃんは渾身の力で体を起こした。しっかり顎を引いて息む。 「んんんんーーーーーっ! ううぅううぅう゛う゛ーーーーーっ!!」 勢いよく、体全部が出た。 一瞬何のことだかよくわからなかった。 「おぎゃあああぁぁ」 元気な産声が上がった。男の子だ。 |