一部、読みやすさを考慮し、改行を入れさせて頂いた部分がございます。(熊猫)
一部、読みやすさを考慮し、文字の色を水色から黒色へと変更させて頂きました。(熊猫)
主な登場人物・・・ 産婦・主人公 宮野頼江 34歳 主婦 夫 寿治 35歳 会社員 娘 理香 5歳 園児 助産師 産間友子 58歳 他医師・助産師・妊婦 きっかけは唐突だった。 「基幹病院に統合のため、今月末日をもって閉院とさせて頂きます。」 こんな張り紙が、かかりつけの産間助産院の玄関に貼りつけてあった。 それから院長の産間先生から説明があり、 受診は近くにある市内の総合病院に引き継ぎ、 希望があれば優先的に新設された「助産師外来」での診療と「院内助産院」での出産ができるという。 助産師外来と院内助産院には産間先生をはじめ、顔見知りの助産師さんが多くいることから 産間助産院に通っていた殆どの妊婦仲間も院内助産院での出産を決めた。 この私も例外ではなく、39週と六日目の今日最後の妊婦健診を終え、 いよいよ陣痛を待つだけとなった。 「あなた~、保険証取って~。」 私は予定日を明日に控え、寝床で入院の荷支度をしている。 「随分張り切ってるな。俺は少し不安だよ...。」 夫が溜息をついた。 「理香のときは逆子で、結局分娩台だったでしょ?だから嬉しくて...それに今回は逆子じゃないから大丈夫よ。」 「うーん、それもそうか...。」 確かに理香のときは逆子だった。 医師からは帝王切開を勧められたけど、 二人目以降も切るのが嫌だからと無理をして自然分娩をして、18時間の難産の末無事に出産した。 その時夫も立ち会ったのだけれど、途中で貧血を起こして倒れたことがちょっとしたトラウマらしい。 娘は今年で五才になった。 「ままー、赤ちゃんいつ産まれるの?」 「まだ産まれないよ。お腹が痛くなったら、次の日には産まれる・・・かも。」 「まだかな~?りかはやくお姉ちゃんになりた~い。」 「赤ちゃんにお願いしてみる?早く産まれてきてくれるかもしれないよ?」 「うん!」 寝るときは親子川の字、三人並んで横になる。ここにもう一人加わる日を楽しみに待ちながら、私は予定日を迎えた。 その日の午後、お腹に張りを感じる。 夕方にはおしるし、そして本格的な陣痛が始まり、 夜には十分間隔まで進んだ。 「予定日ぴったりね。あたた・・・今回は早いわね・・・あなた?」 「わかってるよ、いよいよだな。」 私は急いで先生に連絡し、夫の車に娘とともに乗って病院に向かう。 「まま、赤ちゃん産まれるの?」 「ええ、そうよ。あたた・・・。」 「大丈夫?」 「大丈夫、お腹が痛くなるのは、赤ちゃんを外に出そうとしてるからなの。」 「うん・・・ふわあ・・・。」 「まだ産まれるまで時間があるから、ゆっくり寝てなさい。」 「うん・・・。」 五分後、病院に着くと見慣れた顔が私たちを出迎えてくれた。 「いらっしゃい、あら・・・理香ちゃんはおねんね?」 「ええ・・・お願いします、先生。」 娘を夫に預けて、私は先生に肩を貸してもらいながら診察室に案内される。 赤ちゃんの様子を確認後、陣痛室を兼ねた「院内助産院」に入る。 「ふー、ふー、あああ、痛ぁい・・・久しぶりだわ・・・この痛み!」 部屋は大体畳十畳ほどの広さがあり、半分は畳、半分は木張り。 畳の場所は段差がある。備品は布団、ソファ、バースチェア、 バランスボール、産み綱などが常備されている。 隣接する部屋ははもしもの時の為の手術室とトイレ、そして水中出産用のバスタブがある。 私は早速バランスボールに身を預け、ファーファーと呼吸法を試す。 陣痛の間隔は八分、経過は順調。 このまま進めば明日の昼には産まれると思っていた。 しかし・・・。 「はあ...はあ...あああ...!」 それから夜明けまで、お産が全く進まなかった。 陣痛は八分間隔のまま、寝不足の私は何度も意識を失っては陣痛で目を覚ましてを繰り返しているうちに 疲れ切ってしまった。 (体力には自信があったけど...流石にこれはキツイわね...。) 「先生...赤ちゃんは...?」 「心音はしっかりしてるわ、元気よ。まあ、こんなこともたまにはあるわよ...。」 私を気遣ってか、心音を確認する先生は全く同じていないように見える。 「...トイレに行っても?」 「いいですよ。出すもの出してすっきりしちゃいなさい。」 便座に跨がると、天井からぶら下がっている産み綱が目に入った。 「先生、これは...?」 「ああ、これね...いきみ易かったらトイレで産んでもOK、大丈夫よちゃんと取り上げるわ。」 「まだ早いですって...」 眠い目を擦りながら談笑する。 陣痛が進まない今は、こうして精神の安定に努めるのが賢明...どうやら先生はそう判断したらしい。 ...因みに娘と夫は、部屋の隅で仲良く寝息を立てている。 (全く、いざという時に役に立たないんだから!) 横になってシムズの体位をとりながら恨めしさを含んだ視線を浴びせても、全く目覚める気配が無い。 (この調子じゃ...お昼までには無理ね...でも夕方には...。) しかし、二人が目を覚ました後、お昼になった時にはまだ一分間隔が縮んでいただけで... (まさか...また理香の時みたいに?) 嫌な予感が脳裏から離れなかった。 夕方、陣痛が来てからもう丸一日が経ってしまった。 間隔は五分に縮んだけれども、子宮口が七センチしか開いていないし、 いきみの衝動をがまんするのは、とても難しい。 (いきみたいけど・・だめだめ・・・まだ・・・っ!) 「ひいー、ひいー、ふううっ!!」 夫の背中にしがみついて、必死に陣痛をこらえる。 理香も時々水を持ってきたり、手を握って励ましてくれている。 「いいですよー、ゆっくり下がってきてますからね~。」 先生は不安をあおるようなことを一切言わない。 (この環境、最高に贅沢ね・・・。) 娘の時とはまるで違う。医療の介入も最低限、家族も、信頼できる先生もついていてくれている・・・・。 (でもやっぱり痛いいいいい!!) ひと際激しい陣痛。そのとき、パチンと風船が破裂するような音がして、 内股に生ぬるい液体が筋を作り、床にシミをつくった。 「破水しましたよ~。」 「ええ・・・?まだ、子宮口が全開じゃありませんよね??」 「してしまったものは仕方ないですね~、ちょっと腰を高くしましょうか。」 ・・・先生に一瞬焦りの表情が見えた気がしたのは気のせいだろうか? 「は、はい・・・」 いや、多分私のほうだ。 早期破水すると、臍帯脱出(へその緒が先に出てしまう)が起きやすいと、 本に書いてあったから・・・きっとそのせいだろう。 先生に会陰を抑えてまらい、四つん這いになって腰を高く突き出す。 「んう・・・くうううう!」 破水してから、いきみの衝動がおさえ切れなくなってきている。 主人の服の端をつかみ、つい力が入ったとき、 「我慢よ、今は赤ちゃんに空気を送ってあげて。」 ・・・と注意される。 「うん・・・っく、ふああああ!はー、はー、」 苦しい。破水したせいで陣痛は一分間隔で来るけど、 まだまだ子宮口が開ききっていない! ・・・そのまま三時間、子宮口は開かなかった。 気づくと夜の八時を回っていた。 全身にこびりついた汗が半乾きになって気持ちい...。 しかし破水しているせいでシャワーも浴びれない。 「先生...まだかかるのかしら?」 私はすっかり弱気になっていた。 「うーん、明日の朝までが勝負ね。感染症の危険もあるし...まあ、今晩中に頭が見えてくれば大丈夫だけど。」 心音を聞きながら、落ち着いて対応してくれる。 「子宮口も九センチまで開いたから、ちょっと立ってみましょうか。」 「はい...んうっ!」 夫と向き合って、ゆっくり立ち上がると、重力が強くなったせいか、赤ちゃんが下がってきたせいか腰がズンと重くなる。 「そしたら、体を振り子みたいにゆっくり左右にゆすってみて。」 先生に言われるまま、夫にぶら下がるようにして体を揺らしてみる...と。 「!」 産道の奥がミシミシと軋んでいるような感じがして、それと同時に強いいきみの衝動に駆られる。 「うっ...う...んんんん!!」 溜まらずいきむと、さっきまでとは全く違う感じ...私は直感で赤ちゃんが産道に入ったのだと察した。 「排臨ですよ、もういきむの我慢しなくてもOKだからね!!」 (ああ、やっとここまで...) 先生の言葉に、私は力強く頷いた。 立った姿勢で、夫にぶら下がるように重心を下げて... 「ぐっ、うううううう...!」 「いいわよ、はい、もう一度、吸って、吐いて...」 「んんん~~~っ!」 陣痛の波に乗って、とにかくいきむ! 陣痛が来て24時間以上過ぎているせいか、先生は急かし気味に指示を出す。 「まま、もう生まれる?」 「ええ、出てくるとこ、見える?」 「うーん、まだ出てこないよ~、まだかな~。」 「早く生まれるようにママ頑張るから、理香も応援してね。」 「うん!まま頑張って!」 愛らしい声援に勇気をもらい、再び痛みに集中する。 「んん~~っぐ!」 二人目だからか、産道を出たり入ったりする感覚がよくわかる。 「ああぁ...っ、はあっはあっ...う~~~ん!!」 「いいわ、頭が引っ込まなくなりましたよ!もう力入れなくてOK!」 「はあっ...はい...。」 もうすぐだ。 もうすぐ会える。 男の子か女の子かは、生まれるまでのお楽しみ。 私は腰を落として、片足を立てた膝立ちになり、その時に備える。 「あ、赤ちゃん見えてる!すごーい!!」 引っ込まなくなった頭を見て、理香がはしゃぐ。 私も先生に鏡で確認させてもらい、そっと触れてみる。 「・・・」 髪の毛がフサフサしているのは見た目だけで、触った感じは変に熱をもっていて、羊水と胎脂でヌルヌルしていて・・・ 思ったより良いさわり心地ではなかった・・・(汗) 分娩台での出産では味わえなかったことなので、随分新鮮な感覚だった。 そして、何より愛しい我が子の存在を手のひらで感じることができた。 「もうすぐ頭が出てくるわよ、さ、もう一息!」 「んうううう!!」 (もう一息・・もう一息・・・!) 産道を広げながら、外を目指す我が子を心ながら応援する。 「んんんんっ・・・はああああ!?」 「ずぽ」という効果音が適当な抜ける感覚。 焼ける感覚が引くと同時に、 頭が完全に出る。それと同時に、栓の抜けたようにプシッ!と乳褐色に濁った羊水が噴き出す。 「頭が出ましたよ!もいちど触ってみる?」 「ん・・・」 再び手を触れる。後ろを向いているせいで顔がどうなっているかわからないけど、ここまでくればあとほんの少し・・・! ところが・・・・ 「おかしいわねえ、頭は出てるのに体がなかなか出てこな・・・!」 先生の言葉が途中で切れる。一瞬の、不吉な沈黙。 「はあっ・・・はあっ・・・どうしたんですか先生!?」 「うーん、ちょっと肩が引っかかってるみたいなのよ。」 「え・・・?肩・・・が??」 「手を入れて引っぱり出さないといけなくなっちゃったの、ごめんなさい、ちょっと指示に従ってくれるかしら。」 「はい・・・。」 予想外の事態。私は先生の指示に従って、夫に背中を預けて大きく足を開いた姿勢になる。 夫は、私の腕をしっかりと掴んで固定する。 「いくわよ、力を抜いて・・・」 そういうと先生は赤ちゃんの頭の生えた産道に手を差し込んでいった・・・。 「うぐっ、ううううう!」 産道に突き刺さるような痛みを感じ、私は身悶えた。 「動いちゃダメ!赤ちゃんの骨が折れちゃうわよ!」 「だ・・・だって痛・・・いいいいいいい!」 何度も注意されるけど、はっきり言って無理だ・・・! 先生の手が動くたびに、奥に奥に入り込むたびに力が入り、 痛みから首を激しく左右に振って叫んでしまう。 (我慢しなきゃ・・・頭はもう出てるんだから!) 実際には十分足らずの出来事だったが、私には三十分にも一時間にも感じられた。 そして、先生の手が子宮まで達したかというところで・・・ 「見つけた・・・・!」 先生の声が上がると同時に、ゴリッという何か外れたような感覚を子宮の出口に感じて、 それから間をおかず裂けるような感覚が産道を滑り降りてゆき、そして・・・ 「うああああああ!・・・・ん・・・ああ?」 「あー、出た~!」 理香のはしゃぎ声を聞いて目を開けると、胸に伝わる確かな重み。 ぎゃ・・・んぎゃ・・・んぎゃあ・・・! 「はい、おめでと~、元気な男の子。」 バースプラン通り、産まれたばかりの我が子にカンガルーケアを施す。 理香の時はできなかった濃密なスキンシップに、思わず涙が出る。 「産まれてきてくれて・・・ありがとう。」 自然に、感謝の言葉が出ていた。 午後十一時十九分、長男誕生。因みに名前はまだ決めていない。 後産も済み、入院用の病室に移って親子四人水入らずの就寝。 夢うつつの中で、私は「次の子はいつにしようか」と・・・ 懲りずに想いを巡らすのだった。 -fin- |