朧月


「めぐー、春休み、どこ行く?」
「行く行く! すみっちもどう? 予定ないでしょ?」

期末試験が終わって、いよいよ来週から高校最後の春休みが始まる。
学校の帰り道の途中でクラスメイトの葉子と恵子の二人と歩いていたら、
自由人な葉子から思い出作りに旅行とかなんとかの話題を振られた。

「ごめん、先約があったの、春休み中全部」
「はぁー!?」
「まさか、男の人と!?」

断ってみたら、案の定誤解された。そんなんじゃないんだから。
・・・やっぱ二人には秘密にしておこう、こっちの方が面白そうだし。

「これから迎いに行くけど、気になったら一緒に来る?」
「え、遠慮しましゅー・・・」
「おお、あのすみっちが、もう私たちの手の届かない所へ・・・」

感傷に浸る二人と別れて、約束の時間も近いから早足で駅の方へ。
途中でチラッと二人が後ろ30メートルくらいを付いてくるのを確認し、
今までからかわれるのお返しだと思ったら、何かワクワクまでしてきた。

う~ん、ワクワクすると言うより、ドキドキの方が適しているかな?
だってこの町に帰って来てくれるんだもん。あたしの一番大好きな――

「あ、来た来た。お~い、清奈、ここだよ!」
「鈴姉ちゃ~ん!!」

実は飛びついて抱きしめたいけど、気持ちを抑えて飛びつくだけにした。
・・・それに、いくら抱きしめたくても、邪魔者が中に入っているし。

「えええええええええーーー!?」
「ちょ、声が大きい・・・ってもうバレバレだよね、私たち」

観念したのか、駅の向こうにある公園のちょうど隠れない茂みの後から、
苦笑いをしながら、一応観念したつもりらしいの二人がノコノコ出てくる。

「うー、邪魔してごめんなさいー」
「まあまあ、立ったまま喋るのもなんだし、どっか座れる所ある?」
「あ、それなら良い店ありますよ、すみっちのお姉さん」




「・・・改めて二人を紹介するわ、鈴姉ちゃん」

駅前で落ち着ける喫茶店と言ったらここ、カフェ・スノーフレーク。
やや値段は高いものの、ここのハーブサンデーは申し分ないとの口コミ。

「こっちのメガネは中坂恵子、『めぐこ』で、けいこではない」
「はじめまして、恵子といいます。よろしくお願いします」

先陣切ってこの店までみんなを連れてきた割りに、礼儀正しい挨拶をする。
それが恵子、クラス一委員長ヘアが似合う女。そんなダサいのはしないけど。

「で、もうあたし達を無視して勝手に食べているこいつは、高井葉子」
「もむもふー」

飲み込んでからもう一度よろしくと言い直せ・・・まあいいか、葉子だし。
頭もお色気もなくて彼氏もないのに、無駄に乳だけがでかい。勿体無い。

「そしてこちらが、あたしの鈴姉ちゃん」
「お二人ともはじめまして、清奈の姉の新田鈴歌です・・・ん?」

名を乗りながらペコりと頭を下げる途中、鈴姉ちゃんの動きがとまった。

「あらあらこの子ったら、ホント、人見知りが激しい」

ゆっくりとやさしく、緩めの服に隠された丸いお腹に手を当てる鈴姉ちゃん。
これを目にして、鈴姉ちゃんの状態を理解できない女の子は、ないと思う。

「へー、おねえさんってお腹に赤ちゃんがいたんだ」
「ちょま、もしかして葉子『太ってるな~』とか思ってんの?」

ペチッと激しく葉子の胸の辺りにつっこみを入れる恵子。ぽよん。
脂肪のコブにあたって妙な声が鳴ったけど、気にしたら負けだと思う。

「だって、イメージとは違いすぎたんだしー」
「大きさは人それぞれらしいわ。こう見えても明後日からは臨月なのよ?」
「うそ、もう産まれちゃうの? 私てっきり・・・」

話の弾む食事は良い食事だと言われているけど、なぜか疎外感を感じる。
あの二人が来なかったら、いま鈴姉ちゃんが二人きりになったのに。
二人きり、か。いけない、深く考えたら、あの最悪の日がまた――




『清奈、お姉ちゃんはね、光則さんと結婚することになったの』

『あの人なら、鈴歌もきっと幸せになれるから・・・だからね、清奈』
『清奈の気持ちは分かってる、しかしこれは、鈴歌が決めたことだ』

うるさい。お母さんも、お父さんも、うるさいうるさいうるさい!
鈴姉ちゃんの決定? そんなの分かってるわよ・・・でも、でも!!

結婚式のあの日、この世でもっともヒドイ最低な男が、あたしの目の前で、
あたしから鈴姉ちゃんを奪った。化粧が崩れて、心が引き裂かれそうだった。
叶うはずがない。女同士だから、その前に血の繋がった姉妹だから・・・

でも、いま鈴姉ちゃんがあたしの前で、昔のように笑っている。
・・・里帰り出産のために、帰ってきた。そう、あの男の赤ちゃんを。

「すみっち? ちょっと、なにボーとしてんの?」
「あ、は、はい?」

どこかリーダー気取りな恵子の呼びかけに、急に現実へと引き戻された。
あたしとした事が、とりあえず状況把握・・・あれ、葉子と鈴姉ちゃんは?

「置いてくよー」

カウンターからの葉子の声、どうやら既に店から出ようとしてるらしい。
窓の外をちらりと見て、まだ午後と思ったのに既に空が赤くなっていた。

「は、は~い、今行くから!」

大急ぎで片付けて、席を掃除しようとするウェイトレスさんに譲った。

「それじゃ、また明日学校でね、すみっち」
「バイバイー」

駅前からすればあたしの家は商店街の反対方向だから、ここにで解散。
夕日の沈む方向に消える二人。なに話しているのはもう遠くて聞えない。

「良い友達に恵まれてるね、清奈・・・さて、帰ろっか」
「うん、きっとお母さんとお父さんも鈴姉ちゃんの帰りを待ってるよ」

うっすらもやがかかった春の月の下を歩く鈴姉ちゃんと、荷物係のあたし。
小さい頃の記憶と同じの二つの影が、アスファルトの地面に並んで――




「はぁ~ やっぱ長電車の後はこれが一番~」

たっぷりとお湯を満たしたひのき製の湯船にその身重の体を沈め、
まるで温泉でも堪能していたかのように色っぽい声を出す鈴姉ちゃん。
何年ぶりに見たゆったりとした体は昔のまま・・・ある特定の箇所以外は。

「こうして改めてみると本当に大きいな、鈴姉ちゃんのお腹」
「赤ちゃんが入ってるからね。不思議よね、こんなになっちゃって」

やめて、そんな慈しみの満ちた表情であの男の赤ちゃんを愛でないで!
せっかくまた一緒に風呂は入れたのに、もっとあたしを見て・・・

「あら? おお、暴れてる、暴れてる~」
「鈴姉ちゃん?」
「しーっ、じっとしてて、よく見てね」

言われたとおりに集中してみると、水面に波が作れたことに気付く。
発生源をたどってみると、鈴姉ちゃんのお腹――赤ちゃんの胎動だった。
何かがモゾモゾしてるのが見える・・・なにこれ、気持ち悪い・・・

「鈴姉ちゃん、あのぉ、それ、痛くないの?」
「さすがに少しはね。でもこれは赤ちゃんが元気してる証だから、ね」

分からない、解らないよ・・・だってほら、もう化け物じみてるよ?
テレビの映画番組で見た、宿主のお腹を突き破るエイリアンみたいだよ?
お腹を痛めてまで、そんなの・・・あの男の赤ちゃんを産みたかったの?

「さて、そろそろ体の芯まで暖めたし、上がろうか」

あれ、あたし、置いてけぼり・・・? 
昔はよく二人で長風呂してたのに? なんで? ねぇ、なんで?

「鈴姉ちゃん・・・先に行ってて、あたしもう少し入るから」
「そうなの? のぼせないように注意してね」

心なしに一瞬、鈴姉ちゃんが真顔になって眉にしわを寄せてた気がする。
あたしに愛想が尽きた・・・? 嫌だよ、そんなの冗談だよね?

ガラガラとドアをあけて、風呂場から出るその艶やかでキレイな背中は、
もうあたしの知っていた鈴姉ちゃんとは違う人となっていた気がした。




「赤ちゃんなんか・・・なくなれば、よかったのに・・・」

皮膚が赤くなるほど熱いお湯の中なのに、あたしの心は凍てついていた。
もう何も感じたくない・・・体を丸まって、いっそこのまま――

(ガッダン!)
「・・・・・・?」

突然、タンスかなにかの重いものが倒れたような声がした。脱衣場からだ。
脱衣場といえば、さっき鈴姉ちゃんが出て行っ・・・あ、あれれ!?

「鈴姉ちゃん!?」
「す、清奈・・・なん、で・・・うっ、ううう」

気を取り戻して目の前をよく見たら、思いもしなかった光景が現実に・・・
うつ伏せ半分での体勢で、床に突き倒され、お腹を押さえる鈴姉ちゃんの姿。
何が起こっているのか、分からない。自分がやった事だと、信じたくない。

「たたたた大変だ、お、お母さ~ん!!」

頭が空っぽになって、ただただひたすらお母さんを呼んでいた。
お母さんなら、鈴姉ちゃんとあたしを産んだ、すごいお母さんなら、
絶対、苦しんでいる鈴姉ちゃんを助けてくれるから!

「お母さん、お腹が・・・すごく、痛いよ・・・助けて、うっ!」
「落ち着いて足を開けて、お母さん診てあげるから」

微かに血の匂いがしたピンク色の水が、鈴姉ちゃんのあそこから・・・
そんな・・・だって、あと一ヶ月なんでしょ? まだ臨月前なんでしょ?

「綾美!ただいま病院に電話したけど、分娩待ちの人が一杯で!」
「まずいわね、破水したからすぐに入院しないと、母子共に危ないわ」

あたしのせいなんだ・・・鈴姉ちゃんに、あんな事を、しちゃって・・・

「そうだわ、聞いた話だけど、確か三丁目に助産師が住んでいるはず」
「あたしその助産師さん連れてくる!!」

三丁目、助産師。キーワードを頭の中に叩き込み、家の外へと飛び出した。
鈴姉ちゃん、あたし必ずその人を探し出すから・・・お願い、無事でいて!




「はぁ、はぁ・・・どうしよう、見つからないよぉ・・・」

三丁目ところか二丁目まで探したのに、返してきた答えは依然として
『近所にいない、知らない』か『そんな人聞いたこともない』かの二択。
事態は一刻を争うのに・・・早くしないと、鈴姉ちゃんがーー

「あれー、すみっちじゃん、何でここにいるのー?」

こんな時に限って現れるもんだよね、友達ってのは・・・天然な葉子じゃ
頼れないかもしれないけど、今は人手が一人でも多ければそれで良い。

「葉子、よ~く聞いて、捜したい人がいるの、助産師って人でね」
「助産師? それってー、うちの祖母ちゃんの事?」

・・・・・・はい?

「ちょっと!あんたのお祖母ちゃんって、一度も聞いたことなかったよ!」
「えー、だって聞かれてないし、長いあいた休業してたしー」
「とにかくあんたの家へ急ごう!話は途中で話すから!」

闇を照らす一寸先の光って、こんな事だろうか。神を信仰する気にもなるよ。
運動会の競走よりも速いスピードで、葉子の家があるマンションの下に来た。
あとは、休業し続けた葉子のお祖母ちゃんが、今はできるかどうか・・・

「おやおや、急患とはのぉ。葉の電話から聞いたよ、久々に腕がなるわぃ」
「鈴・・・お姉ちゃんを、どうかよろしくお願いしま、す・・・」

良かった、快諾してくれて。後は帰るだけ、って、あれ、目眩が・・・
そんな、安心して気を抜いたら、今まで溜まってた疲労が・・・

「おーい、寝たら酔っ払いに襲われるよー? もうー、仕方ないな」

体は動かなくなったけど、意識だけはかろうじて持っていたようだ。
葉子がタクシーを呼んだみたい。そうか、この前遊んできてくれたから、
あたしの住所を覚えていたのだな。今までバカにしてすまな・・・い?

「すいませーん、商店街大通りの六丁目までお願いしまーす」
「あいよ」

ちょっとちょっと、それ恵子の家だよ・・・うう、光が消えてゆく・・・




(こぉぉぉぉぉーーーーーほぉぉぉぉぉーーーーー)

なにこれ、掃除機の音? うるさいな・・・でも、なぜかしら、暖かい。
あとこの音、聞いたことがある・・・うん、ずっと昔に、ずっと、ずっと。

『ねぇ、すずかはね、いつ、おねえちゃんになるの?』

今度は学校の放送用スピーカーのような、ノイズの入ってるステレオ音。
ああ、思い出した。これは、遠い昔の、鈴姉ちゃんと出会った前のーー

『すずかはおねえちゃんだから、いっしょにあそぼうね』
「うん・・・すぐ会えるから、だから、約束、だよ?」

鈴姉ちゃんの問いかけに答えたら、また体の感覚が遠くなって薄れてゆく。
ていうか頭が痛い、冗談抜きで痛い。誰かに髪の毛引っ張られそうで痛い。

「やめて・・・頭皮が、抜けて落ちるぅぅ・・・」
「いつまで寝ぼけてんのよ、こらっ、すみっちったら!」

目をあげたら見慣れた布団と、傍に立つ紺色のパジャマ・・・恵子がいた。

「はっ!? あ、あれ、ここは、あたしの部屋?」
「やっと起きたわね・・・やれやれ、とんだとぱっちりだったわ」

恵子の話によると、早めに眠ろうとした時に葉子が彼女を訪ねてきて、
『めぐー、すみっちの家まで連れてってー』と強引に連行されたようだ。
まるで天災だよね。その気持ち、とてもじゃないけど良く分かる。

「そういえば、葉子は?」
「あっち。おじさんも一緒」

あきれた指がさした先は、情けない姿で失神しているお父さんと葉子だった。
葉子も血が苦手なタイプなのか・・・さすがに毎月気絶するとかないよね?

「んっ、ぅあ、ああッ! んあァあーーー!!」
「鈴姉ちゃん!? そうだ、恵子、鈴姉ちゃんは・・・」
「大丈夫だそうよ、いま葉子のお祖母ちゃんがやっているわ」

二階まで響いた絶叫が、一連の出来事で忘れかけていた恐怖を呼び覚ます。
こうしてはいられない! あたしも、鈴姉ちゃんの所に行かないと!




「鈴姉ちゃん!・・・!」

今や臨時の分娩室と化した家の風呂場に入った途端に直面する場面は、
どう反応するかわからない、予想の遥か斜め上を超えて行っていた。

「あぁぁぁっ! 痛いっ、痛いーー!! 光則、いっぃーーー!!!」
「俺ならここにいる! 鈴、しっかり持て!」

うそ・・・なぜ鈴姉ちゃんを攫ったあの男がここにいるの・・・
あんたのせいで・・・あんたが鈴姉ちゃんとあんなことをしたせいで、
だから赤ちゃんが出来て、だから今鈴姉ちゃんがこんなにも苦しんでる!

「よしよし、この調子じゃ。もうじきに頭も見えとるわぃ」
「聞いたか鈴、ほらあと一息だ!」

そんな最低な奴が、こんな所で、鈴姉ちゃんの背中でクッション代わりに
なって座っていて、ギュッと鈴姉ちゃんの手を後ろから握って――

やだ、あたし、なに考えてるの・・・そうよ、だって夫婦なんだもの、
鈴姉ちゃんが産まれそうと知ったら、飛んでこない方が酷いもん・・・

「そんなの、ずるいよ・・・くやしい・・・」

涙が出そうになって、誰にも聞かれないつもりの小さな声で呟いた。
負けたと認めたくなかった。けど今の鈴姉ちゃんは、あたしなんかより
あの男ーー赤ちゃんの父親が傍にいたほうが、安心して頑張れる・・・

「おばさん、私たちに手伝えることあります?」
「恵子・・・」

動揺しまくりのあたしにテコ入れをしたのは、意外にも恵子だった。
横からポンとあたしの肩に手を置き、耳打ちで発破をかけた。

「すみっち、お姉さんを助けるんでしょ? やれることをやろう」
「・・・うん」

ありがとう、恵子。あたし、もう迷わない。
鈴姉ちゃんがあたしの事をどう見ているのか、そんなの関係ない。
あたしにとっての一番が、鈴姉ちゃんが、あたしだけの真実。
だから鈴姉ちゃんのために使おう。あたしのすべてを――




「はい息をすって、いちに~のさん」
「はァぁっ、ふ、ぅんーーーーー!!!!!」

あれからの十数分間、まるでこの世の地獄でもいたような気がした。
破水が早かったせいで、赤ちゃんの手助けをする羊水が少なくなっていて、
出口へと移動させる手段は、鈴姉ちゃんの精一杯の息みにしかなかった。

「お母さん、こんなにも痛いのに、なんで鈴姉ちゃん頑張れるの?」

出産に一生懸命してる鈴姉ちゃんを見て、思わず心底から質問をかけた。

「そうね・・・清奈もいつか、この気持ちの答えが分かるわ」

鈴姉ちゃんは今、あたしの鈴姉ちゃんから、赤ちゃんのお母さんになろう
としてる・・・あたしも、こんな時が来たら、お母さんなれるのかな・・・

「んーーっ、っ、んんんーーー!!!」
「上手上手、もう息むのはよしな、出るのを待つのじゃ」

左右に開かれる鈴姉ちゃんのお股の真ん中から、ぽっこりと膨らんで、
血まみれだけどちゃんと顔付きの塊が、赤ちゃんが、見えてきた。

「あの・・・お願い、取り上げるのを、あたしにやらせて!」

苦しかった鈴姉ちゃんに、頑張ってた赤ちゃんに、謝りたいの。
いっぱいしちゃった悪口を、いなくなれと呪った事を、償いたいの。
こうすれば、あたしが許されると、ひそかに期待して・・・

「はっ、はぁ、ぁっ、っーーーーーーーーーー」
「き、来た! 赤ちゃんが・・・!」

ぽろっと、鈴姉ちゃんから、小さな小さな人の形が抜けてきた。
あたしの手のひらに産まれ落ちた赤ちゃんは、泣いてくれなかった。
びくりともしていないし、軟らかい体も血色が・・・まさか・・・

「あ、赤ちゃんが、息してないよ・・・?」
「ちょっと赤ちゃん貸して! えぇい!」

恵子が話しかけたと同時に、あたしの手から赤ちゃんを奪い取って、
力いっぱい赤ちゃんのおしりにパァンと叩いた。 すると――





「ぎゃぁ・・・ふぎゃ、ふぎゃあ!」
「・・・泣いた! 産まれた、鈴姉ちゃん、赤ちゃん生まれたよ!!」

新たな命を祝福する歓喜の声が、一拍子おいてから風呂場中に上げる。
ちいちゃかったけど、可愛いおちんちんが付いている男の子だった。

「やった! でかしたぞ鈴、俺達の息子なんだ!」
「うん・・・私たちの、息子・・・」

弱りきっていた鈴姉ちゃんに見せ付ける、儚くも力強く存在する赤ちゃん。
よかったね赤ちゃん、無事に鈴姉ちゃ・・・ううん、『お母さん』に会えて。

「よきかな、よきかな。ところで嬢ちゃん、肝すわっとるのぉ」
「あ、いいえ・・・テレビで見た事あったので、ついドサクサで」
「それでもなかなかやりおるわ、どうじゃ、わしの後を継げないかい?」

恵子ならきっと良い助産師になれる。あたしが保障する。
本当にありがとうね、恵子。あたし、素敵な友達に恵まれて幸せだよ。

「ところで鈴歌、この子の名前、もう決まった?」

産湯をつかわせながら、鈴姉ちゃんに赤ちゃんの名前を聞くお母さん。
これで晴れてお祖母ちゃんになったせいか、声がどこかに切なく聞えた。

「うん・・・じゃ光則、一緒に付けてあげよう」
「ああ。いいか息子よ、今日からお前の名前は――」

                            おわり





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