桜桃島、ここは、都会から離れたどちらかと言えば北国の小さな島。 島の人たちは海の幸と、毎年島中で採れるさくらんぼで生計を立てている。 人口も千人いないから、当然幼稚園、小学校、中学校が一緒になった学校も 小さくて・・・生徒は私を含めて18人。 そのうち9人が幼稚園児、7人が小学生で、中学生は私一人だけ。 え、私?私は・・ももこ。桜井桃子っていうの。桜桃島中学校の2年生! さくらんぼ農家の跡取り娘なんだ(えっへん!) 趣味は特にはないけど、体を動かすのと家事全般は得意。 勉強は・・・できる・・・ほう・・・かな?(てへ☆) 只今先生と絶賛恋愛中♪(といっても、両親どころか島民公認だけど) しかも、お腹には二人の愛の結晶が・・・(キャ~♪) 実は、このことは先生には内緒。一年中寒いのと、 先生が鈍いせいで気付かないのもあるけど・・・ (ていうか、はじめてを奪ってからずっとご無沙汰ってどうかしら?) (おまけに排卵日直撃って・・・ありえないよね?) お母さんに相談したら、「きせいじじつ」がどうとか言って固~く口止めされちゃった。 なんだかよくわからないけど、とりあえず黙ってた方が良さそうだから、 今でも言ってません!(て、いうかいつ言えば良いのかしら?) ・・で、あれよあれよという間に臨月。でもって、今日は一学期最後の登校日。 朝からお腹がちょっと張ってたけど・・・ 「せんせー、おっはよー?」 「おはよう、もも。今日も元気でよろしい!」 気にせず登校しちゃった♪だーって先生といっしょにいたかったんだもーン♪ 「ねー、せんせー、おはようのちゅ~。」 「~ちゅ。」 「わーい、バカップルー!!」 「ヒューヒュー!」 ・・・・がきんちょ達が黄色い歓声を上げるのはいつものこと、 だから私たちのラブラブっぷりを思いっっっっきり見せつけてあげるの。 腕を組んで、レッツ登校♪ 「行こ、センセ!」 「なあ、もも・・・そろそろ先生は・・・」 そんなわけで、慌しい一日が幕をあけたのでした♪ 北国の島も、夏はやっぱり少しだけ暑い。 私の場合、お腹を隠すために薄い半袖のコートを着てるから尚更。 下敷きで仰ぎながら先生に話しかける。 「ちょっと暑いね。」 「ももが厚着してるからだろ?」 「冷え性なんだもん。」 おなかが小さいせいか、隠していることもあって先生はまだ気づいていない。 ・・・因みに今妊娠38週。 ・・・朝のホームルームで、ふたりきりのあま~いひととき。 教卓の目の前にぽつんとひとつだけある席、それが私の特等席。 「たまにはさ、開放的なのを期待したいんだけど。」 「も~えっち。」 「その気にさせたくせに~」 「あ、あれはお母さんが・・それにあれからしてないじゃない・・・。」 「・・・じゃ、する?」 「へ・・・・!?」 「冗談。あはは、なんだよもも~、顔が真っ赤じゃないか♪」 「ばか、もう知らない!」 「・・・本当言うとさ、後悔してたんだ・・・お前を抱いたこと。」 「え?」 そっぽを向いた私を、先生の思いがけない一言が振り向かせる。 しかもなんだか真顔になってるし! 「一時の劣情に流されて、大事な生徒を、大好きな女の子を傷つけてしまった、これは教師にあるまじき愚行だ・・・そう思ってさ・・・ あのあと、俺学校来なかったろ?実はうちで首吊って死のうと思ってたんだ。」 (えええ!?嘘~!) 「間一髪、ももが心配して来てくれなかったら、今頃墓の中だったな。」 (あのとき青い顔してたのって、風邪ひいたからじゃなかったんだ・・・ じゃあ、その後、お母さんに土下座して謝ってたのも・・・・) 「・・・ね、センセ?」 「ん?」 「私は、嬉しかったよ。」 「初めての時、とっても痛くて、血が出て、終わった後もしばらく動けなかったけど・・・ 私、先生が一人の女の子として愛してくれて凄くうれしかったんだから。それに・・・」 「それに?」 「この子にパパはどこ?って聞かれたとき、何ていえばいいかわからないよ。」 「え・・・!」 コートを脱いで、臨月にしてはささやかなふくらみを見せると、先生がすごいおかしな顔して固まってる。 「驚くのも無理ないよね、まさか初めてでデキちゃったなんて思わないだろうし・・・あ、大丈夫だよ先生、お母さんも島のみんなも知ってる・・・ というか、お母さんが黙ってろって言ってたから・・・あの・・その・・・。」 言い終わる前に、先生が「ぎゅっ」てしてくれた。 「やっぱり死ななくて良かった。もものお母さんにも、島の皆さんからも許してもらえて・・・きっと、この子も幸せにするから・・・」 「先生、うれしい・・・」 やっと言えた。なんだか、胸につっかえてたものがすっきりした気がする。 ドクンッ・・・ 「!?」 突然、お腹に違和感を覚えた。 「どうしたもも?」 「朝からちょっと張ってて・・・大丈夫、修了式は出られると思う。」 「無理するなよ、ん・・もう時間だな、行こう。」 「うん。」 ・・・正直、ちょっと休もうかと思った。けだるいし、腰のあたりが重いし、 何よりお腹が張った感じが抜けない。でも、体育館はこの春建て替えたばかりで冷暖房完備だし、 どのみち一時間もすれば式は終わり、ゆっくり休めるからとタカをくくっていたんだけど・・・(汗) 校舎から伸びる渡り廊下を通って、体育館に向かう。後からちびっこ達が小学校の先生に引率されてやってくる。 もう、夏休みが待ちきれないという様子で、みな落着きがない。 椅子に座ってひそひそやってるちびっこ達に、後ろから 「ほーら、うるさくしてると、夏休み取り上げちゃうぞ!」 って軽く注意すると、みんなしゃきってするあたり「ぴゅあだな」って思う。 先生から聞いたけど、都会の子ってスゴイ生意気で、先生に殴りかかったりしちゃうらしいの。(こわーい) この子はそんな人に育ってほしくないな。そう思うと、親の私って責任重大だ。改めて私を女手一つで育て上げたお母さんはすごいって思う。 まあ、この島の子は皆に見守られて大きくなるからそんなに心配はない・・・ 気がする。何より、私には先生がいるし♪うん、やっぱり私って幸せ♪ 式が始まって、校長先生の長話を聞き流しつつあれこれ妄想してにやにやする。でも・・・ ドクンッ! さっきから違和感が定期的に感じられるようになってきた。 お腹の中が熱くて、うねってる感じ。 (まさか陣痛?おかしいな、まだ予定日まで二週間あるのに・・・?) いいや、と思い直す。だって「陣痛」っていうくらいだからもっと痛いと思うじゃない? (おかしいな・・・お腹でも壊しちゃったのかな??) 自然と息が荒くなっているし、冷房が効いた部屋なのに汗も出てる。 30分後、校長先生の長話が終わって、小学校の先生が夏休みの注意事項やなんかを話しているとき・・・ ドクンッ! (あっ・・・また来た・・・!) 徐々に徐々に感覚が短くなってくる。 (ああ、・・・出したい・・・何かわからないけど出したい!!) そんな衝動を、私は必死にこらえていた。 なんていうの、体の奥から、こう、ぐわーーーってくる、とてもじゃないけど耐えられない感覚。 十分後、、小学校の先生の話が終わって、私の先生が前の教壇に上がる頃・・・・ (あああ、もう・・・だめ!!) 「~~~~~~~~~!!!!」 私は我慢できず、お腹に力を入れてしまった。 そのとたん、お腹の中にあった違和感がおまたのあたりまで一気に下りてきた。 「起立!」 そんなときマイクで号令がかかって、咄嗟に立とうとしたんだけど・・・ 「・・・っ!?」 体が動かない。まるで・・そう、体に鉛の重石がくっついてるみたいで・・・ 呼吸が速くなって、汗も「どっ」て噴き出てくるし・・・ 私、どうしちゃったんだろ? (どうしよう・・・どうしよう・・・誰か・・・助けて・・・!) なんだか、周りが真っ暗になったみたい・・・ 空調の音が周りの声と合わさって水の中にいるみたいで・・・ なん・・だか目・・が・・回・・る・・・。 「・・・も・・・もも・・・っかり・・ろ・・・」 「?」 (あれ・・・声・・?) 「もも!」 「!・・・・、せん・・・せい・・?」 「おおお、起きたか、良かった~。」 視界がハッキリしてくると、そこは保健室のベッドの上。 先生が手を握ってくれている。 後で聞いた話だけど、体育館で意識を失って椅子から落ちそうになった私を、先生がお姫様だっこで運んでくれたらしい。 「えへへ・・・ちょっと、貧血っぽかった・・・かも。」 「ったく、大切な時期なんだから無理すんなよ、心配させやがって。」 そう言って、先生がお腹を撫でてくれると、 「あ!」 「どした!?」 「ピクッって動いた。」 赤ちゃんが動いてる。きっと先生(パパ)の気持ちが伝わったのね。 (でも、ずいぶん下の方にいるのね、それにまだ、お腹に違和感が・・!) まさかと思った。でも、この違和感は「あれ」以外では説明できない。 私は、恐る恐る下着に手を差し込み、これからお母さんになるところの状態を確認する・・と。 「・・・先生。」 「何?」 「手鏡、ある?」 「ちょっと待ってろ・・・確か机の中に・・・お、あった。」 私は手鏡を受け取ると、先生に念を押しながら言った。 「落ち着いて聞いてね。」 「ああ。」 「絶対だよ。」 「分かってるさ。」 「体育館でね、お腹にズシンって違和感を感じてたの、それも決まった間隔で感じた。」 「それって・・・!」 「痛くないから、違うって思ってたんだけど・・・」 そう言って、私は下に履いてるものを全部脱いで、先生から渡された手鏡を「そこ」に当てがう。 「ちょ・・・もも、何して・・・!!」 先生がすっごい驚いた顔してる・・・ぷっ、やっぱりおかしいな。まあ、あんなもの見せられちゃそりゃあ驚くわよね(汗) 「ちょっと待ってろ。」 そういうと、職員室に入って色々とドタバタやってから、また戻ってきた。 「もも、お産婆さん呼んだぞ、来るまで我慢できるか?」 「もう、頭が見えてるもの。多分間に合わないよ・・・だから」 意を決した私は「すっ」と息を整えて・・・言った。 「先生が取り上げて。」 ・・・・先生、しばらく固まってたけど、首を縦に振ってくれた。 「・・・でも、どうやって?」 「大丈夫・・・私のしたいようにすれば自然に生まれてくるって、お産婆さんが言ってたし、 それに一人で産まなきゃいけない時どうすればいいかも教わったから、先生は私の言ったとおりにして。」 「わ・・・わかった。」 「どうしたの?」 「いや、お前こんなに頼もしかったかな・・・って。」 「えへへ、お母さんは頼もしいんだぞ♪」 こうして、私と先生の「共同作業」が幕を開けた。 「えーっと、まずはお湯沸かして、鋏とタコ糸を消毒して、清潔なタオルをいっぱいと・・・ そうだ濡れてもいいようにビニールシート下に敷かないと!あと新聞紙もお願い!」 「おう、任せろ!」 皆が帰った後の静まり返った学校に、先生の駆け回る足音が響く。 「ん・・・私も頑張らなきゃ。すー、すうー、はー。」 保健室の蒲団を丸めてクッションを作り、その上に枕と上体を乗せ、 四つん這いで腰を高くしながら深く深く呼吸する。 陣痛はまだ痛みを伴うような感じじゃないけど、間隔は一分単位で来ている。 なんか、こう、「ぐぐぐっ」て押し出してる感じ。 「あ・・来た・・・んんんっ・・・!」 息を吸って、お腹に力を入れる。 便秘の時をイメージしろってお産婆さんが言ってた。 無駄にいきむと疲れるだけだから、痛み始めに息を吸っていきみ→ 痛みが治まったら息を吐いて深呼吸の繰り返し。 ・・・・のはずなんだけど、 痛くなくていきむタイミングがなかなか掴めない。 (・・・んー、頭では分かってるけど、陣痛っぽい陣痛が来ないままここまで進んじゃってるしなぁ・・・) 痛くなくってラッキー♪とか思ってたけど、 普通お産の動作っていうのは、お腹が痛いの前提で教わる。 そう考えると、ぜーんぜん痛くないのっていいのか悪いのかわからない。 (焦っても仕方ないか。) 産道からひょっこり見え隠れしてる赤ちゃんをなでなでしてあげる。 ・・・というか、後々切れないように会陰マッサージをしてるんだけど。 (んー、オリーブオイルでも欲しいかなー。あれ塗ると良く伸びるっていうし・・・・んん?) 例の違和感。あわてて息を吸って、いきむ。 「すー、うんんんん・・・!ん、おお?」 息んでいる最中、出かかった赤ちゃんが「ぐううっ」と会陰を拡げてゆくのがわかった。でもいきむのをやめると、また奥に戻っちゃうけど・・・。 あああ、なんていうか、生命の神秘を感じるっていうの?この感じ。 (なんか病みつきになりそう・・・・。) 産婆さんが言ってた「お産は本来気持ちいいもの」っていうのも、あながち嘘じゃないみたいね・・・あと、なんとなくいきみのコツが掴めたみたい。 「もも、持ってきたぞ!!」 「流石ー、先生早ーい。」 息を切らせて、先生が戻ってきた。うふふ、やっぱり先生がいると心強いな。 「先生、シーツの下にビニールシートと新聞紙を重ねて。それから・・・」 私の指示に、先生がてきぱきと応じてくれる。 「産湯良し、鋏とタコ糸よし、あとはタオルよし!完璧だ、いつでも産んでいいぞ!」 赤ちゃん、頼もしいお父さんがいて幸せだね。 「先生、最後に忘れ物・・・」 「え、まだ何か・・?」 「手、握って・・・ベッドの上で一緒に産んで♪」 「ああ、わかった。」 目の前で胡坐をかいた先生に抱きついて、膝立ちになる。ああ、なんか落ち着くな・・・。 「!・・・きた、すうう、んーーーーーっ」 ちょうど違和感を感じてたので、すかさずいきむ・・・と。 「あいたたっ・・」 手で確認すると、赤ちゃんが引っ込まなくなって、 会陰が限界まで延びてピーンと張てる。 痛いというよりも、「熱い」って言った方があってる感じ。 (いよいよ・・・だ。) 会陰保護をしながら、その時を今か今かと待つ。 でも、待つって本当に辛いのね。頭が引っ込まなくなってから産まれるまでのたった十数分間が、一時間にも二時間にも思えるくらいだもん。 「んんんんん・・・だめ、いきんじゃう・・・力・・・抜かなきゃいけないのに・・・はーっはーっ・・・んっ・・・・」 頭が出かけてるときは一番つらいって、お産婆さんが言ってた。 確かに、何時間もお腹が痛い上におまたがギリギリと裂けそうなくらいに引っ張られてるんだから・・・。 「ううう、あああ・・・はあ、はあー、いいっ痛あっ!いいいっ嫌ぁ!裂けちゃう・・・裂けちゃうよぉ~、あーーー!」 陣痛は相変わらずだけど、会陰がものすごく痛くて思わず大きな声が出ちゃう。もう、会陰保護どころじゃないくらい。 正直こんなに痛いなんて思ってなかった。 必死に息を吐いて力を抜こうとするけど、だめ・・・ (そうだよね、だって、私まだ中学生だもん。どんなに強がったって、 背伸びしたって、身も心もお母さんになるにはまだ未熟なんだもん・・・) 「うっく、ぐすっ、うえっ・・・!!」 思うまいとしていたことを、思ってしまって、思わず足に力が入んなくなっちゃう。 なんだか悔しくて、もどかしくて、嫌になって・・・・その場に崩れ落ちて泣いちゃった。 「うえっ・・えぐっ・・」 さすさす・・・ 「んえええ・・・・」 さすさす・・・・ 「うっく・・・えっぐ・・・え・・・?」 嫌な昂りが治まると、背中にこそばゆい感じが行き来してる。 「せん・・・せえ・・!」 さすさす・・・さすさす・・・ 私が泣いてる間、先生は何も言わずに私の背中をさすってくれていたの。 「もも、少しは楽になった?」 「うぐっ・・うん・・・。」 「よかった・・・ももがこんなに苦しんでるのに、俺にはこんなことしかできないけど・・・」 「せんせえ・・・私・・・」 「無理すんな、泣きたいときはうんと泣いていいんだ・・・この子ができたのも半分は俺の責任だから・・・・」 そう言って先生は自分の体下敷きにして私を横たえてくれる。 「一緒に産もうっていってくれたよな、もも。」 「うん・・。」 「でも、そのとき本当は怖かったんだよな?」 「うん・・・。」 「辛い時、独りにしちゃってごめんな。」 「せんせえ・・・。」 「いっしょに産もう、もも。お前の痛いの、辛いの、半分俺が持つから!」 先生からのこの言葉、待ち望んでいた気がする。 「・・うん・・ごめんね、先生・・私、独りじゃなかった・・」 先生に励まされて元気が出てきた私は、再びお産に向き合う。 今度は先生に背中を預けての体育座り。胸には両脇からのばしてもらった先生の手をしっかり握っている。 会陰は相変わらず焼けるように痛いけど、もう、怖くない。 (お母さんが苦しいときは、赤ちゃんも苦しい・・・) 「ごめんね、赤ちゃん。もう少し我慢してね・・・」 ふと、お産婆さんの言葉を思い出して、赤ちゃんの頭をなでなですると、 抑えられないくらい強いいきみが・・・ 「!!!うううううーーーーーー!!んん!?」 思わず力を入れると、「モリッ」と音を立てて、赤ちゃんの頭が出てきた! 「あああ、すっごい・・・ねえ、見える?先生、頭が出た!」 「ああ、お腹越しでも見えるよ、もうすぐだ!」 焼けつくような痛みが和らいで、束の間の開放感に浸る。 頭が出たら、ここからはもういきんじゃいけない。 「ハッ・ハッ・ハッ・ハッ・ハッ・ハッ・ハッ・・・」 先生と一緒に、小刻みな呼吸でいきみを逃す。そして・・・・ 長かったようであっという間だった妊娠生活も、今日で終わる。 「んああああああああああああ!!!」 その瞬間、叫んだ。痛みからとも、産む快楽からともとれる本能からの声。 同時に、産道が一気に引き抜かれる感覚と、意識が飛ぶくらい強烈な、 頭が出た時と全く違う開放感に包まれて・・・私は「お母さん」になった。 「はあ・・・はあ・・・はーっ・・・せん・・せえ・・・赤ちゃん・・・産まれ・・・たよ?」 「ああ、よく頑張ったな、もも。」 先生も息が上がってる。なんだかすっごい疲れて・・・ でも、まだまだ寝られない。大事な仕事が残ってるんだから。 会陰部を確認すると、ぽっかり開いた膣からまだ脈打ったへその緒が伸びてて、すごくあったかい。 「ねえ・・先生、早く抱かせて・・・男の子?・・・それとも女の子?」 「あ、ああ、ちょっと待って・・・え!?」 「どうしたの?」 「いや、その、なんだ・・・赤ちゃんがな・・変・・・なんだ・・・」 「うそ!?」 ・・・急いで赤ちゃんを確認すると、ついさっき生んだ赤ちゃんがいるはずの場所に、パンパンに張った水風船のようなものが転がっていた。 「・・・何・・・これ・・・?」 背筋が凍りついた。奇形?それとも何か他の異常?赤ちゃんが生きてるか死んでるかさえわからない。 (産婆さんに教わってないからわからないよ!!どうしよう・・・・。) 途方に暮れていると・・・ キキィーーーーー!!! 「!?」 「待たせたね!!うちのポンコツがエンストしちゃって・・・!」 軽トラを急停車させて、救世主到着・・・に見えた。 実際は息を切らせた産婆さんが、保健室に乗り込んできたのだけど。 「・・・お産婆さん・・・赤ちゃんが・・・赤ちゃんが・・・!」 「?・・・ああ、それね。」 「ふえ??」 こともなげに言うと、産婆さんは袋を破いて・・・白く濁った水の中から、 赤ちゃんを取り出したの。 「ほーら、お外でちゅよ~。」 お産婆さんが赤ちゃんの顔をガーゼで拭うと・・・ 「・・・ンギャ・・ホアア!ホアア!!!」 ケホッと一回せき込んでから、元気に産声を上げた女の子。 「あんた、破水してなかったろ?ごく稀にいるんだよ、こうして生まれてくる子がさ・・・あたしも初めてさね。」 「あの・・奇形とかじゃなくて・・・ですか?」 「あっはっはっはっはっは!大丈夫だよ、寧ろこっちの方が負担が少ないくらいさ。・・・さ、抱いておやり。」 「はい・・・」 産婆さんがタオルでくるんでくれた赤ちゃんをおそるおそる受け取る。 初めて胸に抱く赤ちゃんはずっしり重くて・・・羊水でびちょびちょで、 何か白いのついてて、顔が皺くちゃで、頭もタケノコみたいだったけど、 凄く・・・言葉にできないくらい・・・可愛い!! 「会いたかった・・・ずっと会いたかったんだよ、私の赤ちゃん。」 制服の胸元をはだけて、お乳を吸わせると、喉を鳴らして飲んでる。 ごめんね、おっぱいちっちゃくて・・・。でも、栄養満点だよ♪ 自然と涙がこぼれてくる。痛くて泣いちゃったときとはまた違う、 優しい気持ちの涙。 「ももちゃん、旦那さんとへその緒切るんだろ?」 赤ちゃんがお乳を吸い終わるのを見計らって、産婆さんから鋏を渡される。 改めて触ったへその緒はもう脈拍がなくなっていて、 ちょっぴり白くなっていた。お乳を含ませている間に、産婆さんが竹ひごで 結んでくれていたおかげで、どこを切ればいいのかは一目でわかる。 「なんだか名残惜しいなぁ・・・。」 「うんうん、感謝して切らないとな。」 「せーの」で鋏を持つ手に力を入れると、案外固い。少し間を置いてから、 ジョキンッ!!と音を立てて、へその緒は切れた。 「今までお疲れさ・・・・痛っ・・・!」 ほどなくして、お腹の奥で鈍い痛み。 「いきんで、後産だよ。」 「はい、んんんん~!」 少しいきむと、役目を終えた胎盤がズルリ・・・と零れ落ちてきた。 (ああ、終わったんだ・・・私のお産・・・。) 「後はあたしがやっとくからね、桃ちゃんはゆっくりしてな~。」 「ありがとう、お産婆さん。」 疲れてる私を気遣って、産婆さんは後処理を引き受けてくれた。 慣れた手つきで胎盤を片づけ、羊水で濡れたタオルとシートをたたんでから、 「ちょっと飯食ってくるよ」と職員室に移る。 「俺、どいたほうがいいかな?」 「ううん、このままでいて・・。」 親子三人、川の字で保健室のベッドに寝転ぶと、かなり狭い。 「これから始まるんだな、俺たちの家族が・・・・。」 「うん・・・先生、」 「なんだ、もも。」 「名前、どうしようか?」 「そうだな・・・美桜、美しい桜で、美桜なんてどうかな。」 「賛成。よろしくね、美桜ちゃん・・・。」 こらからも色々なことがあると思うけど、きっと越えていける。 ずっと手を携えて生きてゆける人と巡り合えたから。 厳しい冬を乗り越えて、やがて実を結ぶ、あのさくらんぼのように。 ~fin~ |