ある看護士の出産。

読みやすさを考慮し、改行を入れさせて頂きました。句読点などは原文のままにしてあります。(熊猫)



投稿日 : 2006/04/08 02:17 投稿者 : いさき

「倉田さん、さっきご飯たべたでしょ?」
「ん?そうじゃったかの」
「そうですよ。じゃあ早くベットに戻りましょ」
私は安藤こずえ、看護士をしている。
今いるこの病院は痴呆のお年寄りが多く毎日がこんな調子だ。
私は、この間離婚したばかりでお腹にはもうすぐ9ヵ月の赤ちゃんがいる。正直、身重の体で看護士をするのはかなりキツイ。
だけど、前の旦那からは慰謝料などもらえなかった為、どうしても働かなくてはならなかった。
看護士の免許を持っていたのは不幸中の幸いだった。
出産費用もまだ出来ていない。その為、本当はそろそろ産休に入りたいのを我慢して私は働いている。
「ねぇ、安藤さん。今日当直変わってもらえない?」
肩をポンっとたたいて主任の桜庭さんが話かけてきた
「息子が急に熱出したみたいで帰りたいんだけど、今日三木さんも休みで誰もいないのよね。」
うちの病院はそんなに大きくないため当直の看護士は各科に1人ずつなのだ。
そのため、私は急に産気づいても困るので当直は断っていた。
私はしばらく考えて 「いいですよ」と答えた。 母親が子供を心配する気持ちは十分に伝わったからだ。
「本当に急でごめんなさい。まだ産まれないわよね?」
心配そうに桜庭さんが尋ねた。
「はい、大丈夫です。」
私は答えた。正直、不安ではあったが先生もいるしまぁ平気だろうと思ったのだ。



投稿日 : 2006/04/10 00:12 投稿者 : いさき

そして私の1人きりの当直の夜がやってきた。
うちには痴呆の患者さんが多いため徘徊する患者さんも多い。私はラウンドをする時間なので病院内を歩き始めた。
さっそく休憩所でブツブツ言っている倉田さんを見つけた。
「倉田さん、もう夜中ですから寝ましょうね」
私は手を引いて病室に連れて行こうとした。
すると倉田さんは私を見てブツブツとまだ何かつぶやいていた。
「なんですか?」
「………の子だ。」
私は聞き取れなかったので倉田さんの顔に耳を近付けて「えっ?!なんですか?」と尋ねた。
すると倉田さんはこの世のものとは思えない、低い、そして恐ろしい声でこう言った。
「おまえの腹の中には悪魔がいるんだ。」
そうつぶやくと、倉田さんは私のお腹を殴った。
「うっ」
私は鈍い痛みにお腹をかかえてうずくまった。
「殺す…悪魔は殺せ…殺せ…」
そう言って倉田さんは私に近づいてきたのだ。殺気だった倉田さんはもういつもの倉田さんではなかった。
痴呆のせいなのか、悪魔が乗り移っているのか。私は逃げなければと思った。
まだ痛むお腹を抱え、私は立ち上がり走った。
「まてっ!!悪魔!!!」
倉田さんが追ってくる。私は必死に隠れる場所を探した。
とりあえず、隠れて下の階の当直の看護士に助けを求めようと考えていた。
私は病棟を離れ手術室へとむかった。あそこなら中に入れば外からは絶対に中に入れないからだ。
私は必死に走った。後ろからは倉田さんの声がきこえてくる。
手術室が見えた! 私はすぐ扉を開け、中に飛び込んだ。 足音が近づいてくる。
そして手術室の前でその足音は止まった。



投稿日 : 2006/04/10 23:04 投稿者 : いさき

ドキドキしながら息をひそめていた。
そのとき、お腹に激痛が走った。
「痛っ!」
思わず声が出てしまった。明らかにさっき殴られた痛みではない…
「陣痛…?!」
まずいっ、早くここから出て助けを呼ばなければ…。
私はその場に座りこんでしまった。
「安藤さん、出てきてわしの部屋へ連れてっておくれよ。」
倉田さんの声だ。さっきと違って落ち着いている。
(もう戻ったのかしら…?!)
私は鈍い痛みに耐えながら立ち上がった。
「はぁはぁ…倉田さん…じ、陣痛が始まってしまって。誰か近くの看護士さんを呼んできてもらえないかしら…はぁはぁ…」
私はそう言いながら扉のスイッチを押した。シューっと扉が開いて顔をあげると、あの恐い倉田さんの顔があった。
「?!倉田さん?!」
「何?もうすぐ悪魔が産まれるのか!!」
そう言って私をつきとばし、手術室の扉を閉めてしまった。
「痛いっ!ううっ」
私はつきとばされ床に腰を強くぶつけてしまった。「あぁっ…!!」と同時に激しい痛みが私を襲った。
倉田さんは私の前に仁王立ちになった。
「早く産め!!悪魔を殺すんだ!!早く!!」
そう言って私のお腹を踏みつけた。
「痛いっ痛いっ!!お願いやめてぇ!!」
私は激痛に苦しみながら訴えた。
しかし、倉田さんには私の声は聞こえていなかった。
「いつ産むんだ!さぁ早く出せ!! よしこうしてやる!!」
そう言うと倉田さんは私の両腕を掴み手術台の方へとひきずった。
ひきずられながら私はあそこから水と血がまじったものが流れている事に気付いた。
破水だ!!そう気付いた時、さらに激しい激痛が襲った。
「あぁ~、いったぁぁぁい!!!」
だが、ここで産んでしまえば確実に赤ちゃんは殺されてしまう。
私は意識が遠退いていきそうなのをぐっとこらえて両足を交差し股を閉じた。



投稿日 : 2006/04/15 16:19 投稿者 : いさき

そのまま私は手術台に乗せられた。
頑張って閉じていた股も倉田さんの手によって開かれた。
『ああっ…出るっ…!!』
必死に我慢していたがもう私は限界にきていた。でもここで産むと殺される。
私は失神してしまいそうな痛さに耐え、倉田さんを蹴飛ばした。
「おっ!」
倉田さんはよろめいて後ろに倒れ、そのまま意識を失った。
『はぁはぁ…うっ』安心したのと同時にまた激しい痛みが襲ってきた。
(もうここで産むしかない)
私は覚悟を決めた。がっと股を開き手術台の横を握り、私は思いっきり息んだ。
『ふんっ?!!うぅぅ~っあっ!!』
ずるっ 頭が出た! あと少し… その時!
『いたたた…』
『?!』
倉田さんが目を覚ましたのだ。
『こんな時に…』
だが、次の陣痛が襲ってきた。
『あぁぁっ!!』
今は倉田さんの事を気にしている余裕はなかった。
『あぁぁ!でるぅぅぅ』
私は最後の力を振り絞って息んだ。
『あぎゃーっ』
無事産まれた。
『はぁはぁ…うっ産まれた』
そしてふと赤ちゃんをみると股の間に倉田さんが放心状態で立っている姿が見えた。
『やっやめて、殺さないで!』
私は叫んだ。
『………』
倉田さんは赤ちゃんに近付き、まだヘソの緒のついたままそっと抱いた。
そして自分の着ていた服を脱ぎ赤ちゃんをくるんだ。
『すぐ、看護士さんを呼んでくるからな』
そう言うと倉田さんは私の胸の上に赤ちゃんを置き、手術室から出ていった。
まもなく看護士さんがやってきて私は処置を受ける事が出来た。
倉田さんは何もなかったかのように今も入院している。



  終わり。




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