投稿日情報が紛失したため、罫線なしの状態でそのまま掲載いたします。
一部、読みやすさを考慮し、改行を入れさせて頂いた部分がございます。(熊猫)
―― さぁ、ここ西宮マリン球場。戦いの火ぶたがまもなく、切って落とされようとしています。 大阪パイレーツ対東京イーグルス。0.5差で迎えた最終決戦。優勝がかかった天王山。 両ティームとも、森野、そして、遠藤というエースを投入してきました… ラジオから聞こえる男性アナウンサーの声。 たしか、ラジオの放送開始は、試合開始の30分前からだったはず…。 球場はもう目の前に見えている。なんとか間に合いそうだ。 「少し早い目に家を出てよかったね~」 大きく前につきだしたお腹をさすりながら言う。 そう。私は現在妊娠36週目の妊婦だ。 夫は、さっきラジオで言ってた大阪パイレーツ エースピッチャーの森野高志。 もちろん、お腹の赤ちゃんのパパでもある。 高校時代、友だちに連れられて たままた見に行った野球部の練習。 2年生ながら、チームのエースとして頭角を現し始めた森野先輩。 一目惚れしてしまい、野球のルールも何もわからないのに、マネージャーになった。 そして、森野先輩が3年生。私が2年生に進級した頃、ちょうど地区予選が始まろうという時、私から告白した。 返事は意外にもOKだった。 私たちは付き合い始め―― といっても、 甲子園優勝を手土産に、森野先輩が野球部を引退するまでは、デートもキスもしなかったんだけど。 まもなく森野先輩はプロ入りした。 最初の一年間は、まさにスターだったが、2年目よりヒジの故障もあって、2軍暮らし。 ずっと一軍に上がれなかったが、プロ入り3年目の去年より一軍復帰。 一軍復帰と同時に、結婚を発表。 今年からエースナンバーの背番号18番を背負い、チームのエースとして活躍してる。 …って、暑いなぁ~。 30分ぐらいしか歩いてないはずなのに、もう汗だくだよ。 やっぱり夏の妊婦は辛い。あせもはできるし。 ちょっと歩いただけで、汗だくになるし。 なんて考えているうちに、球場到着。 座席は、内野席ネット裏。 ここだと、高志の姿が一番良く見える。 昨日の晩は、高志の好きな焼肉だった。 いつもは安い肉しか買わないんだけど、昨日は特別。 一番いい肉を沢山買った。 でも、高志はすぐにぺろっと平らげた。 それは調子がいい証拠なので、うれしいのだが、味の違いはわからなかったらしい。 そして、一緒にお風呂入って、ベットに入ってから、 「パパ、明日は絶対に勝つからな」 なんて、お腹の赤ちゃんに話しかけてたっけ。 「うぉっ。奥さんやないですか。大丈夫なんでっか、こんなトコ来て」 甘い空想タイムは、ダミ声によってかき消された。 一番会いたくない人に会ってしまった…。 「ええ。絶好調です。私も、森野も」 「せやけど、そんなおっきい腹して…。なんぞでもあったら、森野に…」 なおも言い続けるダミ声に、手のひらを突き出し、ストップさせた。 このダミ声…、いや、我らがパイレーツ公式応援団・水夫連合会(水夫連)の会長さんのカシダさん。 漁師かっていうぐらいに日焼けしていて、短く刈り上げた髪は、白一色。 実際、他球団からは、漁師のあだ名で呼ばれているとかいないとか。 まあ、そんなことはどうでもいいんだけど、 このカシダさん。性格も漁師みたいにサッパリとしてりゃあいいんだけど、 極度の心配性。しかも、口うるさい。 「いやぁ~。未央ちゃん。めちゃめちゃ大きなって。今何ヶ月?」 救世主あらわる。パイレーツの打のエース・吉村達哉さんの奥さんの響子さん。 いや、まだ結婚してないみたいだから、彼女さんか…。 典型的な関西の女性。選手同士が親しいのもあり、何回か一緒にご飯食べたこともある。 「9ヶ月に入ったとこ。もぅ、しんどぉてかなんわ~」 「ふふふ。だいぶ大阪弁うまくなったねぇ。ちょと触らして」 言うが早いか、彼女の手のひらが、お腹を触る。 赤ちゃんも嬉しいのか、ぼこぼこと胎動で返す。 カシダさんは、安心したのか、応援団の方へ引き上げたみたい。 「ワタシな、何かあの人苦手やわ」 響子さんがつぶやく。 なるほど。たぶんカシダさんも苦手なんだと思うよ。 わあぁーーっと歓声が上がる。 思わずグランドに目をやると、マスコットキャラと、チアリーディングチームが姿を現したところだった。 いわゆるカリブの海賊風のマスコット「ジョリー」と、 ブルーを基調にした水夫服っぽいデザインの「ブルー・ウエーブ」。 セカンド・ベースの後方でダンスパフォーマンスをしている。 全員ポンポンではなくて、カットラスといわれる剣風の物を持っていて、 水色のバンダナを巻いている。 これは、みんなとお揃いのものだ。 スタジアムでは、チアリーディングチームが、手を振りながら退場しようとしている。 ジョリー君は、相手チームのマスコットへまっしぐらに向かってく。 勢いのついたまま、持っていたカットラスを斬りつける! もちろん恒例の演出なんだけれど、勢いが付き過ぎちゃったみたい。 本当に体当たりみたいなカンジでぶつかっちゃった…。 場内はドッと沸いたけれども、大丈夫かな。 大丈夫みたいね。 相手チームのマスコットはすぐに起き上がって、 ジョリー君を打つマネをしてる。 「国歌斉唱。○○合唱団です」 場内アナウンスが響く。 よく聞き取れなかったんだけど、有名なとこなのかな? 合唱団のちょっと前に一段高くなっている所に、白髪頭の男性が登壇し、 国歌・君が代を高らかに歌い上げる。 国歌斉唱も終わり、我らがパイレールのナインが、 コールされた後、それぞれの守備位置に散って行った。 最後に高志がコールされ、マウンドへ向かう。 ベンチ後ろのスタンドへ向けて、ボールを投げ入れるのだが、 最後の一球は、こっちへ投げるフリだけしてから、スタンドへと投げ入れてた。 「もう臨月なんやし、お前の身体が心配やから、明日の試合は応援に来んなよ」 昨日の晩、肉を口いっぱいに頬張りながら、そんなことを言ってたっけ。 本当に心配そうに言うもんだから、おとなしくテレビで応援しとくね。って言ったのに。 見えたのかな。いや、いくら何でも、目良すぎじゃない? 「なぁ、なぁ、今のさぁ、絶対未央ちゃんに投げようとしてたよな」 響子さんが、ニヤニヤしながら話しかけてくる。 「そんなこと、あらへんわ。今日は家で応援しとくって言うといたし」 口ではそう言ったものの、やっぱりそうなのかなぁ。 ヤバい。帰ったら、めっちゃ怒られる。 そんなことを考えている内に、始球式が始まったようだ。 ラジオによると、今日は地元大阪出身のアイドルがするらしい。 本当は、人気絶好調の銀河香織にオファーを出していたのだが、 事務所から急にキャンセルされたらしい。 そういえば、彼女最近見ないなぁ。 高志が、未央にめっちゃ似てるから、好きなんやとか、見え透いた事を言ってたけど…。 アイドルが投げたボールは、2回ぐらいバウンドしてから、キャッチャーのミットに収まった。 アイドルは、ぴょこんと一礼してから、マウンドを降りて行った。 ラジオでは、実況アナと解説者が、プロ入りできるんじゃないかなどと、 笑いを交えながら、言っていた。アホとちゃうか。 マウンドに目を戻すと、 高志はかなり入念にマウンドを足でならしていた。 緊張してるのかなぁ。普段は結構気にしないタイプなんだけどなぁ。 赤ちゃんも気になるのか、ぽこんと大きくお腹が動いた。 しかし、投球練習を見る限りでは、なかなか調子がよさそうだ。 アンパイアが片手をあげて、プレイボールを宣告。 さあ、試合開始だ。まずは、初回を三人で抑えないとね。始めが大事だよ。 他チームの選手はさっぱりわからないんだけど、 ラジオによると東京イーグルス一番バッターは、俊足で知られる獅子谷。 セリーグの2年連続盗塁王なのだそうだ。 「いよいよ始まりました。日本シリーズ第7戦。両ティームとも3勝出迎えた最終戦。 この試合勝った方が優勝という事になりますが。西野さん。どうですかね」 「そうですねぇ。両チームとも、森野と遠藤。エースを投入してきましたからね。 どっちが勝ってもおかしくはないと思いますよ」 ラジオでは、西野さんと呼ばれた解説者が両チームのデータなどを元に、見所などを語っていた。 そんなん、勝つのはパイレーツに決まってるわ。あんな寄せ集めのつぎはぎチームなんかに負けるもんですか。 思わず力が入ってしまった。 いけない、いけない。安静にしとかないと。もうすぐ赤ちゃんも産まれるんだからね。 解説者が喋っている間に、高志は3球投げて、ストライクが一個。ちょっとヤバくない? そんな事を思った矢先、低めの甘い球を打たれた! 打球はサードが取ったものの、送球が遅れたのか、バッターが早かったのか、セーフ。 その後、ファーボールなどで二人ランナーがいたものの、きっちりダブルプレイに打ち取ってチェンジ。 ふぅ~、危なかった。 初回からビシバシ投げるタイプじゃないとはいえ、ちょっと危なかったな。 一回ウラ。パイレーツの攻撃は、3人連続三振であっさりチェンジ。 みんなもっとしっかりしないと!大丈夫なの? その後も、両チーム一点も入らず、 3回表。イーグルスの攻撃。すでに打順は一巡し、2番・秋山からの攻撃だ。 すでにベテランの域に達し、バントの鉄人と言われているくらい、バントが上手い。足も早いので要注意だ。 一球目はファール。 二球目もファール。 三球目を高志が投げようと構えた時、秋山はさっとバントの構えに変えてきた! 耳から聞こえてくるラジオの実況も、驚きの声を上げている。 ファールを打つと、ストライクにカウントが入る。 つまり、前に転がさないと、3つストライクが入ったということになり、三振してしまうのだ。 だから、通常バントする状況でも、2ストライクになると普通の構えに戻すことが多い。 しかし、秋山はそれの逆をやってきた。 ここからでも、マウンド上の高志に動揺が走るのが見て取れる。 お腹の赤ちゃんも、まるで警報を発するようにお腹の中で、激しく動く。 なだめるように両手でお腹をさするが、ちょっと痛い。 「あぁーっと…!秋山、バスターだ。バントではなく、バスターでした…!」 ラジオの実況アナの驚く声が響く。 同時に観客からもどよめく声がスタジアムにこだまする。 マウンド上の高志が、しきりに額の汗を拭い、ロージンバッグを手に取る。 バスターというのは、バントの構えをしておいて、急に普通の構えに戻すことだ。 動揺が響いたのか、高志が投げた球は少し高めに浮いたまま、秋山の元へと到達する。 秋山の打球は、センター前に転がり、ヒットになってしまった! 秋山の揺さぶりが功を奏してしまったのか、高志の球はまた荒れだした。 ファーボールが続き、さらにヒットも打たれ、ノーアウト満塁の大ピンチ…! 「痛たた…」 思わず声が出る。 相変わらず胎動が激しい。赤ちゃんはだいぶ下に降りているのか、股間のあたりがきゅーっと痛い。 ほら。私も、赤ちゃんも、みんな応援してるよ。高志頑張って! その後、なんとか持ち直し、フライを打たせて、ツーアウト。 でも、満塁は変わりない。まだまだ大ピンチだ。 続くバッターは、5番・児島。大きな身体で、ホームランバッター。 なんでも、セ・リーグでホームランの記録を打ち立てたらしい。 続く6番・田村も要注意なバッター。ちょっとヤバイんじゃない。 しかし児島の打球は、平凡なサードゴロ…と思ったんだけど、 サード・長野君が捕球に手間取り、慌てて投げた球は、ファーストの頭上を超えていった…! 「あかん…!点、入ってまう…!」 横で吉村さんが叫ぶ。サードランナーは俊足で知られる秋山。 先程、高志に揺さぶりをかけてきた2番バッターだ。 「あっ…!」 私も思わず声を上げてしまう。 赤ちゃんが激しく動き、お腹が痛い。今までにないような、激しい胎動に息ができないほど痛い。 ぎゅうっと目をつぶり、痛みに耐える。 わあーっと場内に歓声が上がる。 点が入ったのか。そう思って、目を開けると、パイレーツの選手がベンチに引き上げていくところだった。 実況が、がなりたてる。 どうやら、ライトを守る藤原君がカバーに入っていたお陰で、捕殺に成功したらしい。 よかったぁ…。でも、高志らしくないな。 心臓に毛が生えている。と言われるくらい、高志は動揺しない。 お化け屋敷に入っても、ジェットコースターに乗っても、顔色ひとつ変えない。 高志に何があったの?すぐにベンチに行って聞きたいぐらいだ。 何か、高志を動揺させるような出来事があったのだろうか。 3回裏、パイレーツにヒットが出て、チャンスもあったんだけど、 結局1点も入れれないまま、攻撃終了。 チャンスに後一本が出ない病がまた出てしまった。 続く4回も、両チーム無得点のまま、試合は続く。 試合が動いたのは、5回表。 最初は高志も上手く投げてたんだけど、だんだんヒットを打たれるようになってきて、 ワンナウト、2塁3塁の大ピンチ! しかも次のバッターは、4番・田中秋生。 外野フライでも一点入ってしまう。 みんな立ち上がって、声を振り絞って応援する。もちろん私も。 お腹に高志との赤ちゃんがいるとか、その赤ちゃんももうすぐ産まれるとか、頭からきれいサッパリ忘れてしまった。 「ああぁー~…」 ため息にも似た声が漏れる。 イーグルス・田中の打球はレフト・長谷さんの頭上を超え、レフトスタンドの壁に突き刺さる。 ランナーが二人帰り、田中も3塁まで到達。 2対0。 イーグルスに先制点が入ってしまった。しかも2点。それに、まだワンアウト。 田中もホームに帰ってきてしまうだろう。そうすると、3対0になる。 野球は9回の裏ツーアウトまでわからないというが、試合にも流れというものがある。 完全に流れはあっちに言ってしまったような感じ。 「あっ…。いたたた…」 立ち上がって興奮しすぎたせいか、お腹がきゅーっと痛む。 慌てて座り、お腹を撫ぜるが、痛みはおさまらない。カチンカチンに張った感覚もある。 さらに、何か出て来そうな感覚すらある。 週数とともに子宮が大きくなり、一番影響を受けるのが、お腹はもちろんのこと、腰。それに、膀胱と胃。 子宮に押し出されて膀胱が圧迫され、トイレが近くなる。 大事な場面だってのに、トイレに行きたい。 あらかじめトイレの場所は調べてあった。 吉村さんに断ってから、トイレへと向かう。 トイレはゲートを出て、しばらく一塁側ベンチに行ったところにある。 大きなお腹を下から抱えるようにして、そろりそろりと移動する。 吉村さんが一緒に行こうかといってくれたけど、断った。別に一人でできるもん。 球場の階段は、けっこう小さめに作っており、大きなお腹のせいで下が見えない私には怖すぎるぐらいだ。 車椅子用のスロープを使い、通路へと出る。 けっこう遠回りになっちゃうけど、しょうがないよね。 背中から、歓声が聞こえる。 ラジオでも、実況アナがまくし立てる。 どうやらその後、ゲッツーに打ち取り、何とかピンチを脱出したらしい。 ほっと一息。 今日の高志は何だかおかしい。 いくら日本シリーズ最終戦だからといって、動揺しすぎだよ。 帰ってきたら、うんと叱らなきゃ。 そんな事を思いながらも、亀のようなスローペースで、トイレへ向かう。 「ああぁ…」 売店を通り過ぎ、トイレの看板が見えてきた頃。 小さく声を上げてしまった。 ちょっと漏れちゃった。妊婦用の下着を履いているので、大丈夫とは思うけど、やっぱり嫌だよね。 ちょっと急いで、トイレに向かう。 やっとの事で、トイレに到着。最近リニューアルしたという球場のトイレはキレイだ。 空いているようなので、身障者用のトイレを使わせてもらおう。 見た目には何も変化無いようだが、下腹部に手を這わすと、じっとりと濡れている。 けっこう漏れてしまったようだ。 こんな事もあろうかと、換えの下着も持ってきている。すぐに着替えてしまおう。 便器に座りながら、トートバッグに入れてある換えの下着を準備する。 まだチロチロと出ているようだが、殆ど出てしまったらしい。 どうやら、大きい方も出てきそうな感じ。ちょっとこのまま座っていよう。 高志を応援できないのは辛いが、ラジオを聞いているおかげで、試合展開は逐一伝わった。 大ピンチは脱出できたものの、なかなか点が入らない。 そして試合は動かないまま、7回。 イーグルスの攻撃を三者凡退に打ちとり、我らがパイレーツの攻撃。 ヒットでつなぎ、チャンス! そして、次のバッターは、エース・吉村さんだ。 吉村さんがフルスイングした打球は、スタンドに消えていって、3ランホームラン! ついに逆転!! 「よっしゃぁ~!!」 トイレで思わず立ち上がりガッツポーズ! 球場も歓声が上がる。実況も声を張り上げ、パイレーツの逆転を伝える。 思わず興奮してしまったけど、我に返るとちょっと恥ずかしい…。 外に聞こえてないよね…。耳まで真っ赤になってしまう。 高志は、この私の反応が好きで、よく驚かせてくれたっけ。 ふと思い出しながら、余計に真っ赤になってしまう。 何か出てきそうな感じはあるんだけど、一向に出てこない。 あまり力を入れすぎるのも良くないので、このへんで席に戻ろうかな。 はやく響子さんとこの歓びを分かち合いたい。 この試合に勝って日本一になったら、吉村さんと響子さんは結婚することになっていた。 床に落ちたトートバッグを拾いながら、もう一方の手でお腹を撫でる。 興奮しすぎたのか、お腹はカチンコチンに張っていた。定期的に痛みまである。 ちょっとこの痛みが収まるまでこのままで居ようか。 お腹が張って痛いって事は、お腹の赤ちゃんに無理させてるってことだ。 しばらくそうやってお腹をさすっていたが、なかなか痛みはマシにならない。 いや、もっと強くなってきているかもしれない。 もしかして…、これって陣痛じゃない? 予定日まで後一週間あるとはいえ、すでにいつ産まれてもおかしくないはずだ。 お母さんや、出産経験のある友達に聞いたことがある。 陣痛ってのは、最初はそうとはわからない。 だんだん痛みが強くなってくる。 痛みの感覚も短くなってくる。 だんだん痛みが強くなっ来てない? それに間隔だって…。だんだん短くなってきている気がする…。 さっきのはお漏らしじゃなくて、破水だったのだろうか。 恐る恐る股間に手をやると、ぱっくりと大きな穴があって、何かに触れている感覚がある。 これって赤ちゃんの頭…!? じゃあ、やっぱり出産しちゃうの?? ええっと、母親教室で習った。呼吸法。 たしか、ヒッ、ヒッ、フーってやるのよね。 「…ヒッ、ヒッ、ふ…あああぁ…ん」 ダメだ。痛すぎて、呼吸法なんて、できない。 「……ひっ、ひっ、ふぅ~~。ひィッ…、ふぅあああぁんんっ…」 覚悟決めなきゃ。私がしっかりしなきゃ! 高志もマウンドで頑張っているんだから、私も頑張らなきゃ。 赤ちゃんには私しかいないんだから…! その後も試合は動かず、9回になった。 スコアは未だ3-2のまま。パイレーツ1点のリード。 でも大丈夫。マウンドに上がっている高志は落ち着いているようで、危なげなくアウトに打ちとっていく。 「んんん~、…はぁ、ぁあッ、はぁああ…。ッぅうんんん~」 そして私は、かなり陣痛が進んでいた。 ここまで来たら、陣痛かもなんて言ってられなかった。 手で触ると赤ちゃんの頭がほぼ出ているのに気づく。 確実にここで赤ちゃんが産まれちゃう…。 陣痛の間隔はほとんど無くなり、息を次ぐ間もなく次の陣痛の波が襲ってくる。 耳に挿したイヤホンから聞こえる実況アナの声もほとんど聞こえてなかった。 かろうじて分かるのは、けっこうピンチだって事。 ツーアウトでイーグルス最後のバッターは4番・秋山。 フルカウントでファールで粘っている秋山相手に高志も苦戦しているようだ。 「んんん~、ふぅぁああんん…!!」 今までのと違う、よりいっそう強い陣痛の波が来た。 ―産まれる。 本能がそう告げていた。 赤ちゃんが便器の中に落ちないように、股間の間に広げていた手に、ずっしりとした重みが伝わる。 「ほぎゃあ、…ほぎゃああ…」 産まれた…。私たちの赤ちゃん。 赤ちゃんが産まれたのと同時に、スタンドが割れるような歓声が起きた。 まるで赤ちゃんが産まれたのを祝福してくれてるよう。 「田中、空振り三振~!大阪パイレーツ、優勝ーーー! 3対0で、パイレーツが優勝~~!! 」 耳に挿したままだったイヤホンからは、音が割れるぐらい絶叫して掠れ声になった実況が響いていた。 そっか。優勝したんだ。よかったぁ。 高志、よくがんばったね。私たちもがんばったよ。 女の子、産まれたよ。 産まれたばかりの我が子におっぱいを上げながら、涙が止まらなかった。 その後、私が帰ってきてないことに今更ながら気づいた響子さんが、トイレに探しに来てくれて、 優勝で興奮冷めやらぬ球場から救急車で搬送され、 ビールかけが終わって、私が球場のトイレで出産したことを知らされた高志から、こっぴどく怒られたのは言うまでもない。 end |